
この記事のまとめ
カンヌライオンズ2026のCreative Strategy部門で光った受賞作を、戦略の骨格に踏み込んで整理します。
- グランプリはハイネケンの『The Pub That Refused To Die』で、村の最後のパブを住民26人が救った実話を描きました
- 共同所有パブの生存率99%という事実を戦略の核に据え、法務・財務・運営ノウハウをオープンソース化しました
- Gold受賞はVisit Sweden、Heineken、SKF、Doveの4作で、社会課題と事業成果を接続した事例が並びました
- Agency of the YearはLePub Milanが獲得し、日本ではハイネケン・ジャパンが課題提供企業として若手向けプログラムに関与しました
カンヌライオンズ2026の概要とCreative Strategy部門

開催概要と部門の位置づけ
カンヌライオンズ2026は、フランス・カンヌで開かれた世界最大級のクリエイティビティの祭典です。
会期は2026年6月22日から6月26日までの5日間で、Creative Strategy部門はブランドを最高の結果へと導いた戦略を評価する枠組みとして運営されました。同じStrategy領域には、長期に渡って計測可能な成果を実現したキャンペーンを讃えるCreative Effectiveness Lionsも設けられています(参照*1)。また、70年以上にわたりブランドの需要を牽引したキャンペーンを称えてきた歴史を踏まえ、2026年からはブレイクスルーを生み出す土台に光を当てる新設のCreative Brand Lionが導入され、組織全体で戦略的にクリエイティビティを活用する姿勢も評価対象に加わりました(参照*2)。
戦略に焦点を当てる部門が拡張された年である点は、受賞作を読み解く前提として押さえておきたいところです。単発の広告表現ではなく事業成果への貢献という視点で今回のラインナップを見比べていくと、理解が深まります。
Creative Strategy部門の評価軸
Creative Strategy部門は、応募段階から成果の証拠提示を求める設計になっています。
オンラインの応募フォームではWritten Explanationの記入が求められ、審査員に必要な情報を提示する仕組みが取られています。加えて、検証可能なエビデンスに支えられた成果の証明も必須で、その情報は審査員には共有されないものの、応募資料の主張を裏付けるための検証に用いられます(参照*3)。対象カテゴリーは幅広く、食品や飲料、家庭用品、家電、アパレルなどのConsumer Goods(A01)から、政府や公共情報、NGO、チャリティなどのNot-for-Profit / Charity / Government(A07)まで、営利と非営利を横断して設定されています(参照*4)。
応募要件が厳しく、成果の裏付けを詰めることが前提であるため、受賞作は「戦略仮説」と「事業インパクト」の両輪を明快に語れる案件が多いと読み取れます。実務では、応募書類のフレームを日々の企画設計に逆輸入する使い方が有効です。
グランプリ『The Pub That Refused To Die』

アイルランドのパブ危機という社会的背景
グランプリを射止めた作品の出発点は、アイルランドのパブが直面する深刻な廃業問題です。
舞台は一つのアイルランドの村ですが、映像はより大きな課題を映し出しています。2005年から2025年の間にアイルランドではおよそ2,100軒のパブが失われ、3〜4日に1軒が閉店した計算となり、英国でも2025年だけでイングランド・ウェールズ・スコットランド合わせて375軒が閉店し、ほぼ毎日1軒がシャッターを下ろしました。社会学者はパブを重要な「第三の場所」と表現し、それが消えるとコミュニティは事業体を失う以上に社会的つながりが痩せ、孤立が広がると指摘します(参照*5)。さらにアイルランド国内では、運営コストの高騰や高い酒税を背景に2.8日に1軒というペースで廃業が続いており、ハイネケンは国内で低下傾向にあったブランドイメージを刷新し、コミュニティの守護者としての立ち位置を確立する必要に迫られていました(参照*6)。
課題の切実さと、ブランドの事業構造上の重要拠点であるパブが同時に危機に晒されている構図が、この作品の戦略的リアリティを支えています。社会課題とブランド利害が重なる地点をどう発見するかという問いとして受け取れます。
共同所有モデルという戦略の核
戦略の核となったのは、個人経営ではなく共同所有という所有形態への着目でした。
「個人経営の小規模ビジネスの生存率は低いが、地域コミュニティが共同所有するパブの生存率は99%である」という事実に着目し、ハイネケンは実際にパブを買収・運営する住民グループを支援し、そのプロセスを追ったドキュメンタリー映画を公開しました。加えて、共同所有に必要な法務・財務・運営ノウハウを「オープンソースのブループリント」としてデジタルで無償公開し、この生存モデルを全国へ拡大する仕組みを構築しました(参照*1)。作品は、店舗や郵便局を既に失った村で最後のパブを閉じさせまいと動いた住民たちを、アイルランドの映像作家Gar O’Rourkeが監督として追い、住民が30万ユーロ(35万米ドル)を集めてパブを再開する過程を描き、ハイネケンはスタッフ研修や事業運営の助言、日々の運営支援を通じてコミュニティ・グループの引き継ぎを後押ししました(参照*7)。
一つの村の物語を、他地域でも再現可能な「型」として設計し直した点が、この戦略の再現性を高めています。実務では、単発の支援を仕組み化して横展開する道筋をどう作るかという視点で読み解けます。
定量成果とブランドインパクト
成果は、メディア露出とブランド指標の両面で明確な数字として現れました。
キャンペーンは114カ国で1,196件のメディア露出を獲得し、2億900万回のOTSを記録しました。報道の99%が、パブ救済におけるハイネケンの役割を明記し、若年層ではGenZが7%増、ミレニアル世代が11%増とブランド浸透率が回復しました(参照*1)。制作面ではPublicis Dublinがカンヌライオンズで最高位にあたるGrand Prixを獲得し、Heinekenの『The Pub That Refused To Die』は、パブ経験のない26人の地元住民に力を与え、村に残る最後のパブを救った実話として評価を受けました。同社は加えて、Entertainment Lions、Direct Lions、PR Lions、Creative B2B Lionsを横断してBronze Lionsを4本獲得しました(参照*8)。
メッセージの届き方と、ブランド指標の動き、そして制作会社の受賞領域の広がりが揃った点に、戦略の完成度が表れています。実務では、報道量・想起指標・部門横断評価という三つの物差しを揃えて事後検証する姿勢が参考になります。
Gold受賞作に見る戦略設計の共通点

The Swedish Prescription/Tocayos
Goldには、社会課題と事業目的を接続した二つの作品が並びました。
一つはVisit Swedenの『The Swedish Prescription』で、ストックホルムのPrime Weber Shandwickが担当しました。もう一つはHeinekenの『Tocayos』で、ミラノのLePubが手がけました(参照*7)。
国の観光振興を扱う案件と、グローバルビールブランドの施策が同じ棚に並んだことは、Creative Strategy部門がカテゴリー横断で戦略の質を評価している姿勢を映し出しています。業種の壁を越えて「戦略の骨格」を比較する視点で読み解くと学びが深まります。実務では、自社のカテゴリー外の受賞作から戦略フレームを転用する余地を探る姿勢が有効です。LePubがハイネケン関連の作品でグランプリとGoldを同時に射程に入れた点は、制作体制と戦略設計の一貫性を示す事例として読み取れます。
The Faroe Islands Space Program/Dove r/eal Reviews
残る二つのGoldは、地域資源とブランド資産の再定義を戦略の軸に据えました。
SKFの『The Faroe Islands Space Program』はストックホルムのNordが担当し、Doveの『Dove r/eal Reviews』はロンドンのDavidが手がけました(参照*7)。
産業機械のB2Bブランドと、パーソナルケアの消費者ブランドという性格の異なる二社が、それぞれ「地域名を冠したプログラム」と「レビューという生活者接点の再解釈」を選んだ点は示唆的です。既存の資産を新しい語り口に組み替える戦略が、今年の潮流の一つとして受け取れます。実務では、自社のどの資産に「別の名前」を与え直せるかを問い直す作業として応用可能です。四つのGoldを俯瞰すると、社会的・地域的な文脈と、ブランドが本来持つ役割を接続する筋道が共通して見えてきます。
Agency of the Yearとエージェンシー動向

Agency of the Yearは、ミラノを拠点とするLePubが受賞しました。
Publicis傘下のLePub Milanは、Cannes Lions 2026でAgency of the Year賞を金曜日に受け取り、同社にとって成功のカンヌとなりました。同社は初めて二つのGrand Prixを獲得し、その一つがHeinekenの『The Pub That Refused To Die』を対象としたCreative Strategyのトップ賞でした。10分間の映像は広告というより力強いドキュメンタリーで、アイルランド・キルティーリーの26人の住民が、30万ユーロで売りに出されたコミュニティの「鼓動」であるパブを守ろうと結束する姿を追いました(参照*9)。ハイネケンは他にも複数の賞を持ち帰り、Publicis Dublinと組んだ『The Pub That Refused to Die』でCreative Strategy Awardを、LePub Milanと組んだ『Could Have Been a Heineken』でSocial & Creator Grand Prixを獲得しました(参照*10)。
エージェンシー賞と部門グランプリが同じネットワーク傘下で結び付いた構図は、戦略・制作・PRを束ねた一体運用がブランドの成果に直結しやすいことを示しています。体制の作り方そのものが戦略の一部であるという視点で今年の動向を眺めると、理解しやすくなります。
日本関連トピックと受賞作からの学び

日本市場から見たハイネケン戦略の波及
カンヌライオンズ2026のCreative Strategy部門で、日本発の受賞作は確認できませんでした。
一方で、日本市場ではハイネケン・ジャパンが若手育成プログラムの課題提供企業として関与しました。「ヤング・クリエイティブ・アジェンダ2026」は、カンヌライオンズ内の「ヤングライオンズコンペティション」(通称:ヤングカンヌ)からインスピレーションを得たプログラムで、本選の課題提供企業はハイネケン・ジャパンでした。同社が提示したのは「HeinekenのOff-Tradeでの購入を促進するマーケティング施策の提案」という課題で、「リテールとの連携(Through The Line)を意識した企画にすること」という条件を含む難易度の高いものでした(参照*11)。
グランプリ作品の背景にあった「取引先であるパブを支援したい」という発想と、日本での若手育成課題における「リテール連携」というテーマは、いずれも流通接点をブランド活動の中心に据えている点で通じています。ハイネケンらしい遊び心あふれる着眼点で、同社にとっては何よりも大事な取引先であるパブをなんとか支援したいという想いと戦略が交差した結果、この施策が生まれました(参照*1)。日本市場で類似のテーマを扱う担当者にとっては、流通接点を守るという発想を戦略の中心軸に置く視座が参考になります。
インナー・コピーライティング視点での示唆
グランプリ作品には、経営層の言葉が戦略の背骨として明確に置かれていました。
ハイネケンのグローバル責任者であるNabil Nasser氏は、「パブは常に本物の社会的つながりが生まれる場所であり、それは私たちが世代を超えてHeinekenで大切にしてきたものだ。『The Pub That Refused To Die』は、こうした空間が消えるときにコミュニティが失うもの、そして人々が集まって守ろうとするときに何が可能になるかを、力強く思い出させてくれる」と語りました(参照*5)。
経営者や事業責任者が持つ想いを言語化し、社会との新しいつながりを生み出す「内から外へ」の姿勢は、この受賞作の骨格と重なります。経営層の言葉を起点にメッセージを設計し、コミュニティやパートナーとの関係性へと接続していく道筋は、業種を問わず応用可能な設計です。自社の事業と社会の接点を経営層の一次言語で語り直す作業から着手すると、戦略の芯を通しやすくなります。この視点は、受賞作の再現性を自社に引き寄せる際の入り口になります。
おわりに
カンヌライオンズ2026のCreative Strategy部門は、社会課題とブランドの事業構造を重ね合わせ、再現可能な「型」に落とし込んだ作品が高く評価された年となりました。グランプリの『The Pub That Refused To Die』は、共同所有パブの生存率という一つの事実を軸に、映像とオープンソースの設計図で全国展開の道筋を描きました。
Goldに並んだ四作もまた、地域資源や生活者接点を語り直すことで、ブランドの立ち位置を再定義していました。日本発の受賞は今回のCreative Strategy部門では確認できませんでしたが、ハイネケン・ジャパンの若手育成プログラムのように、流通接点を戦略の中心に据える発想は日本市場でも動き始めています。経営層の言葉を起点に、社会との新しいつながりを設計する姿勢は、自らの現場にも翻訳可能です。
お知らせ
カンヌライオンズ 2026 Creative Strategyの潮流を受け、企業の想いを言語化するインナー・コピーライティングで、広告・広報やネーミングを組み合わせ、事業の価値を社会に伝える第一歩を支援します。
株式会社ユー&ミーは、経営者・起業家・担当者が持つ想いの言語化「インナー・コピーライティング」を通じて、社会との新しいつながりを生みだします。事業会社からベンチャー企業・スタートアップまで、BtoCからBtoBまで、幅広い企業やサービスのコミュニケーション開発に携わってきました。
コピーライティングを軸として、広告・広報・PR・ネーミング開発・書籍プロデュースなどの手段を組み合わせたコミュニケーション戦略の策定を得意としています。コピーライティングに関する業務に加えて、講演や研修、メディア取材の問い合わせも、お気軽にご連絡ください。
監修者
梅田悟司(うめださとし)
コピーライター/ワークワンダース株式会社 取締役CPO
武蔵野大学アントレプレナーシップ学部 客員教授
博士(学術)東京科学大学 環境・社会理工学院 博士後期課程修了
1979年生まれ。電通、ベンチャーキャピタルでのスタートアップ支援を経て現職。企業の根幹となるMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)策定、コーポレート・メッセージ構築の第一人者として、経営層の思考の言語化を得意とする。
ジョージア「世界は誰かの仕事でできている。」、タウンワーク「バイトするなら、タウンワーク。」のコピーライティングや、TBSテレビ「日曜劇場」のコミュニケーション統括などを担当。核融合スタートアップ「Helical Fusion」をはじめ、次世代スタートアップ企業のブランド戦略の立案に従事する。
武蔵野大学では、日本初となるアントレプレナーシップ学部の立ち上げにおいて、教員としても着任する傍ら、コピーライティングを中心としたコミュニケーション・ブランディングに携わっている。
CM総合研究所が選ぶコピーライターラインキング・トップ10に5年連続選出。カンヌ広告賞、レッドドット賞、ギャラクシー賞、グッドデザイン賞、観光庁長官表彰など国内外30以上の賞を受ける。
著書に、シリーズ累計35万部を超える『「言葉にできる」は武器になる。』『きみの人生に作戦名を。』(日本経済新聞出版社)などがある。4ヶ月半におよぶ育児休暇を取得し、その経験を踏まえた『やってもやっても終わらない名もなき家事に名前をつけたらその多さに驚いた。』(サンマーク出版)を執筆。100を超えるメディアで取り上げられ、大きな話題となる。
参照
- (*1) PR EDGE – 【速報】カンヌライオンズ2026「Strategy」部門グランプリ受賞作品まとめ
- (*2) What’s New | Awards | Cannes Lions
- (*3) Creative Strategy Lions
- (*4) Creative Strategy
- (*5) How Kilteely’s Last Local Bar Cheated Closure in ‘The Pub That Refused To Die’
- (*6) note(ノート) – カンヌライオンズ2026 速報 – ラグジュアリー、クリエイティブエフェクティブネス、クリエイティブストラテジー部門
- (*7) Cannes Lions 2026: Creative Strategy winners
- (*8) Publicis Dublin Wins Big for Ireland with Grand Prix at Cannes Lions
- (*9) LePub Milan Wins Cannes Lions Agency of the Year 2026
- (*10) Le Scoop || June 26 2026
- (*11) ニコニコニュース – 当社社員 高井佑輔と中村はづきのチームが「ヤング・クリエイティブ・アジェンダ2026」でグランプリを受賞!