![]()
はじめに
世界的な広告賞への応募を検討するとき、カンヌライオンズとD&ADの名前は必ず挙がります。どちらもクリエイティブの頂点を競う場ですが、歴史・部門構成・審査基準・受賞の仕組みはそれぞれ異なります。この違いを把握しないまま応募すると、自社の強みを活かせるカテゴリーを見誤り、労力やコストが無駄になりかねません。
両賞の違いは、評価される「創造性の質」そのものの定義に根ざしています。本記事では、歴史・運営体制・部門・審査基準・受賞傾向の5つの軸で両賞を比較し、応募判断に役立つポイントを整理します。
両賞の概要と位置づけ

カンヌライオンズの概要
カンヌライオンズは、南仏カンヌで毎年6月下旬に5日間にわたって開催される広告コミュニケーションとマーケティングの祭典です。2019年時点で27部門が設けられており、応募された施策はそれぞれの部門の審査員によって評価され、グランプリ・金賞・銀賞・銅賞などが授与されます。銅賞以上の受賞作は全応募作の約3%とされ、きわめて狭き門です(参照*1)。
カンヌライオンズは、創造性が事業成長を促す力であるという考え方を示しています。賞の体系は成果を測る基準として機能し、業界を前に進めるアイデアや実績のあるアイデアをベンチマークする仕組みとして設計されています(参照*2)。広告業界における影響力が強いとされ、いわゆる「世界三大広告祭」にカンヌライオンズ、ワンショウ、クリオ・アワーズを数える見方がある一方、D&ADやロンドン・インターナショナル・アワーズを加えた「世界五大広告祭」という括り方でも、カンヌライオンズは「1+4」の「1」に位置づけられるほど突出した存在です(参照*1)。
D&ADの概要
D&ADは、世界的に尊敬を集めるクリエイティブアワードであり、受賞が非常に難しいことで知られています。創造性こそが商業的・経済的・社会的・文化的な成功にとって不可欠であるという信念のもとに運営されており、卓越したクリエイティブを称える場として位置づけられています(参照*3)。
D&ADの特徴の一つは、受賞枠に割り当て制度(クオータ)を設けていない点にあります。年によっては最高賞であるBlack Pencilが1本も出ないこともあり、その厳格な基準が評価の信頼性を支えています。2025年の授賞式では過去最多となる668本のPencilが授与されましたが、最高賞のBlack Pencilはわずか3本にとどまりました(参照*4)。こうした妥協のない姿勢が、カンヌライオンズとは異なるD&AD独自の権威を形づくっています。
歴史と運営体制の違い

設立背景と開催地
カンヌライオンズは南仏カンヌを会場とし、毎年6月下旬に開催されています。映画祭で知られるカンヌの地で催されることもあり、広告やマーケティング領域のみならず、エンターテインメント業界やテクノロジー企業からも多くの参加者が集まる祭典へ発展しました(参照*1)。
D&ADはロンドンを拠点とするアワードです。2025年の授賞式はロンドンのサウスバンク・センターで行われました(参照*4)。カンヌライオンズがリゾート地を舞台にした大規模フェスティバルとしての側面を持つのに対し、D&ADはロンドンの文化施設を会場としており、両賞は開催地の性格から異なる雰囲気を持っています。
規模・参加者・エントリー数
D&ADのエントリー数は増加が示されています。2024年の第62回では12,387件のエントリーが集まり、2007年以降で最多となりました(参照*3)。翌2025年の第63回では世界86か国からエントリーが寄せられ、これは同賞史上最多の参加国数です。作品数では30,000点以上、エントリー総数は11,689件に上りました(参照*4)。
カンヌライオンズは「1+4」の「1」と表現されるほどの規模と影響力を持ち、D&ADをはじめとする他の国際広告賞と比較しても突出した存在とされます(参照*1)。D&ADが参加国数の拡大で国際化を進めている一方、カンヌライオンズはエントリー数・来場者数の両面で業界最大級の規模を維持しています。応募先を検討する際には、こうした規模感の違いが審査の競争環境にも影響する点を押さえておく必要があります。
部門・カテゴリー構成の違い

カンヌの9トラック体制
カンヌライオンズの部門は、9つの「トラック」に大別されています。Classic、Craft、Engagement、Entertainment、Experience、Good、Health、Strategy、そしてTitaniumの9つで、それぞれ固有の審査基準が設けられています(参照*5)。Classicは伝統的な媒体での創造性を称え、Craftは実行技術の巧みさに焦点を当てます。Engagementは受け手とのつながり、Entertainmentは人を惹きつけるコンテンツ力、Experienceは没入型・双方向型の創造性をそれぞれ評価対象とします。Goodは社会的意義のある創造性、Healthは医療・健康分野、Strategyはインサイトに基づく知的な創造性を扱い、Titaniumは創造性の限界を押し広げる作品に贈られます。
たとえばFilm Lions部門では、テレビ・映画館・オンライン・屋外体験向けに制作された映像コンテンツが対象となり、審査ではアイデア・実行力・効果(impact)の3点が主な評価軸です(参照*6)。このようにカンヌライオンズは、媒体やテーマごとに細分化されたトラック体制を通じて、多様な創造性を幅広く拾い上げる構造を持っています。
D&ADのカテゴリー体系
D&ADのカテゴリーは、Advertising、Brand、Design、Impact、Engagement & Experience、Culture、Craftなど複数の領域にまたがります。審査基準として共通しているのは「アイデアに刺激があるか」「実行が卓越しているか」「目的に適しているか」の3点です。ただしDigital Experience Design領域では、アイデアよりも実行力が優先的に評価され、全体的な利用者体験が重視されます。Craftカテゴリーでは「実行が卓越しているか」「媒体の使い方がアイデアを高めているか」「アイデアに刺激があるか」が問われます(参照*7)。
さらに2026年のアワードでは、新たにCultural Influence、Brand Transformation、Sports Entertainmentの3カテゴリーが導入されます。これらは「創造的実践と受け手との関わり方において新たに生まれつつある領域」を反映したものです(参照*7)。カンヌライオンズの9トラックが「媒体・目的・テーマ」で横に広げる設計であるのに対し、D&ADはクラフトの質を軸にしながら時代の変化に合わせて新カテゴリーを差し込む形で進化している点に、両賞の部門設計思想の違いがあらわれています。
審査基準・プロセスの違い

カンヌの審査基準と公正性
カンヌライオンズは、審査の公正さを担保するために詳細な手続きを定めています。審査員団は特定のエージェンシー・ネットワーク・持ち株会社に偏らないよう管理されており、1つの審査員団の40%以上を同一組織が占めることは禁止されています。審査員長を出す場合には35%が上限となります。また、全30部門の審査員長のうち、同一持ち株会社からの選出は20%以内に抑えられています(参照*8)。
個々の審査員についても、自分自身や自社、自社ネットワークに関連する作品への投票は禁じられています。ショートリストに自身が関わった作品が残った場合は退室が求められます。加えて、多様性と包摂性に関するコンサルティング企業と共同で、偏見に対する意識を高めるための研修を審査員全員に義務づけています(参照*9)。こうした制度設計は、世界最大規模の広告賞として利害関係が複雑に入り組む環境下で、審査結果の信頼性を維持するための仕組みといえます。
D&ADの審査基準とクラフト重視
D&ADの審査基準は、領域によって評価の力点が異なる点に特徴があります。Advertising、Brand、Design、Impact、Engagement & Experience、Cultureの各領域では「アイデアに刺激があるか」「実行が卓越しているか」「目的に適しているか」の3点が問われます。Digital Experience Designでは、アイデアよりも実行力を優先して全体の利用者体験を評価します。Craft領域では「実行の卓越さ」が最上位に置かれ、「媒体の使い方がアイデアを引き上げているか」が続きます(参照*7)。
2025年の審査では、審査員が商業的な実現可能性を重視する姿勢を明確に打ち出しました。具体的なビジネス成果を示す作品や、人々の行動変容を促す作品が評価対象とされ、創造性それ自体のための創造性ではなく、目に見える結果をともなう仕事が求められました(参照*4)。カンヌライオンズが組織構成上の公正性を制度で担保するアプローチをとるのに対し、D&ADは「何を優れたクリエイティブと見なすか」という評価哲学そのものの厳格さで審査の質を保っている、という違いが見えてきます。
受賞レベルと受賞傾向

Lion制度とPencil制度
カンヌライオンズの受賞ランクは、グランプリを頂点に金賞・銀賞・銅賞で構成されています。銅賞以上の受賞作は全応募作の約3%とされ、グランプリに至る道のりはきわめて狭いものです(参照*1)。
D&ADの受賞制度は「Pencil」の色で段階が分かれます。Woodはその年の優れた作品、Graphiteは一段上の秀作、Yellowは象徴的な賞で傑出した作品にのみ授与されます。最高賞のBlack Pencilは「画期的な仕事」だけに与えられ、該当作がなければ授与されない年もあります(参照*7)。2024年は12,387件のエントリーに対し652本のPencilが授与され、そのうちBlackまたはWhite Pencilを獲得したのはわずか8作品でした(参照*3)。受賞枠にクオータがないD&ADでは、最高賞の授与数そのものが年ごとに変動する点が、カンヌライオンズのLion制度と大きく異なります。
受賞作品に見る傾向の違い
カンヌライオンズでは、ブランドと生活者の間に生まれる感情的なつながりが評価されやすい傾向があります。2023年のIndustry Craft部門では、審査員長がAI時代におけるクラフトの再定義を提唱し、技術的な巧みさに加えてブランドが掲げる倫理観への誠実さや「本当に世界のためにやりたいこと」に取り組んでいるかを審査基準に組み込みました。同部門のグランプリにはJRグループの「MY JAPAN RAILWAY」が選ばれています(参照*10)。
D&ADの2025年の審査では、商業的な成果と行動変容の両面で具体的な結果を示す作品に焦点が当たりました。過去最多の668本のPencilが授与された一方で、最高賞のBlack Pencilは3本にとどまり、厳格な基準が維持されています(参照*4)。カンヌライオンズがブランドの物語性や感情的価値を軸に評価する傾向があるのに対し、D&ADは実行力と商業的インパクトの証明に重きを置く方向へシフトしている点が、両賞の受賞傾向における明確な違いです。
応募時の判断基準と注意点

カンヌライオンズとD&ADのどちらに応募するかを判断するうえで、まず自社の作品がどのような強みを持つかを見極める必要があります。カンヌライオンズは9つのトラックに分かれており、Classicは伝統媒体、Craftは実行技術、Engagementは受け手との関係構築、Entertainmentはコンテンツの吸引力、Experienceは没入型体験、Goodは社会的意義、Healthは健康分野、Strategyはインサイト主導の設計力、Titaniumは創造性の限界突破をそれぞれ対象としています(参照*5)。自社の作品がどのトラックの審査基準に最も合致するかを照らし合わせることが、受賞可能性を高める第一歩となります。
D&ADに応募する場合は、エントリーごとにEntry Validation Cardの提出が義務づけられている点に注意が必要です。このカードは、応募するエージェンシー・企業・フリーランスの責任者が署名するもので、提出情報と実績の正確性・検証可能性を宣誓する行動規範としての役割を担います(参照*7)。また、D&ADの2025年の審査では商業的な実現可能性と行動変容への貢献度が明確に重視されたため、応募書類ではビジネス上の成果を具体的に示すことが求められます(参照*4)。両賞ともに応募手続きの詳細は年度ごとに更新されるため、公式のエントリーキットの確認が必要です。
おわりに
カンヌライオンズとD&ADは、ともに世界水準の創造性を評価する場でありながら、審査の設計思想が異なります。カンヌライオンズは9トラック体制と組織的な公正性の担保を軸に多様な創造性を広く拾い上げ、D&ADはクラフトの卓越さと商業的成果の証明を軸に厳格な基準を貫いています。
応募を検討する際には、自社のクリエイティブが「何を語り、どんな結果をもたらしたか」を両賞それぞれの評価軸に照らして整理することが、的確な判断につながります。
お知らせ
カンヌライオンズ、D&ADの違いを踏まえることで、受賞傾向が示す表現手法を自社の価値や想いに応用し、インナー・コピーライティングで社会との新しいつながりを設計します。
株式会社ユー&ミーは、経営者・起業家・担当者が持つ想いの言語化「インナー・コピーライティング」を通じて、社会との新しいつながりを生みだします。事業会社からベンチャー企業・スタートアップまで、BtoCからBtoBまで、幅広い企業やサービスのコミュニケーション開発に携わってきました。
コピーライティングを軸として、広告・広報・PR・ネーミング開発・書籍プロデュースなどの手段を組み合わせたコミュニケーション戦略の策定を得意としています。コピーライティングに関する業務に加えて、講演や研修、メディア取材の問い合わせも、お気軽にご連絡ください。
監修者
梅田悟司(うめださとし)
コピーライター/ワークワンダース株式会社 取締役CPO
武蔵野大学アントレプレナーシップ学部 客員教授
博士(学術)東京科学大学 環境・社会理工学院 博士後期課程修了
1979年生まれ。電通、ベンチャーキャピタルでのスタートアップ支援を経て現職。企業の根幹となるMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)策定、コーポレート・メッセージ構築の第一人者として、経営層の思考の言語化を得意とする。
ジョージア「世界は誰かの仕事でできている。」、タウンワーク「バイトするなら、タウンワーク。」のコピーライティングや、TBSテレビ「日曜劇場」のコミュニケーション統括などを担当。核融合スタートアップ「Helical Fusion」をはじめ、次世代スタートアップ企業のブランド戦略の立案に従事する。
武蔵野大学では、日本初となるアントレプレナーシップ学部の立ち上げにおいて、教員としても着任する傍ら、コピーライティングを中心としたコミュニケーション・ブランディングに携わっている。
CM総合研究所が選ぶコピーライターラインキング・トップ10に5年連続選出。カンヌ広告賞、レッドドット賞、ギャラクシー賞、グッドデザイン賞、観光庁長官表彰など国内外30以上の賞を受ける。
著書に、シリーズ累計35万部を超える『「言葉にできる」は武器になる。』『きみの人生に作戦名を。』(日本経済新聞出版社)などがある。4ヶ月半におよぶ育児休暇を取得し、その経験を踏まえた『やってもやっても終わらない名もなき家事に名前をつけたらその多さに驚いた。』(サンマーク出版)を執筆。100を超えるメディアで取り上げられ、大きな話題となる。
参照
- (*1) カンヌライオンズ日本公式サイト – 【イチからわかる カンヌライオンズ】①ライオンは百獣の王、カンヌライオンズは、国際広告祭の王。
- (*2) LIONS Awards | Advertising Awards
- (*3) LLLLITL – D&AD 2024: watch the 4 Black and 4 White Pencils
- (*4) Creative Boom – D&AD Awards 2025: who won what?
- (*5) Zappi – How Cannes Lions and creative ads grow brands
- (*6) https://www.canneslions.co.kr/pdf/2024/CL24_entry_kit1_submission_Information.pdf
- (*7) https://media.dandad.org/documents/Entry_Kit_2026_ENG.pdf
- (*8) https://assets.ctfassets.net/8ha5xom4da7e/2Hk57qRcjmVInGl5DASxGl/bded4c0f5088fe164d435d87b7d40c9a/Cannes_Lions_2024_Methodology.pdf
- (*9) How Judging Works | Awards | Cannes Lions
- (*10) DENTSU INC. – Cannes 2023, Behind the Scenes at Jury Deliberations