
この記事のまとめ
カンヌライオンズ2026のフィルム部門では、1469件のエントリーから45のライオン(受賞)が生まれました。グランプリはMother London制作のClaude(AI企業Anthropicのサービス)による2本のキャンペーンフィルムが獲得しています。以下がこの記事のポイントです。
- グランプリはClaude「Can I Get a Six Pack Quickly?」「How Can I Communicate Better with My Mom?」の2本。AIツール上に広告を出さないと宣言する逆説的な構造が高く評価されました。
- ゴールドは8作品が受賞し、Missing People「Based on a True Story」やIKEA「Made for Life」など社会派から企業ブランドまで幅広い作品が並びました。
- 日本からは講談社「Light Hole」がフィルムクラフト部門のショートリストに選出され、ライブアクションとペーパークラフトのストップモーションを融合させた手法が話題となりました。
- AI全盛の年にあって「人の手で作ること」へのこだわりを示す作品が多く受賞した点が、今回のフィルム部門の大きな特徴です。
フィルム部門の概要と審査基準

フィルム部門の位置づけと出品区分
カンヌライオンズのフィルム部門は、映像によるブランドコミュニケーションの質を評価する部門です。
テレビCMだけでなく、オンラインで配信されたプレロール広告(動画再生前に流れる広告)なども対象に含まれます。同じ作品を同一セクション内で重複して出品することはできないルールになっています(参照*1)。
出品区分は、B01の消費財カテゴリーをはじめ、食品・飲料、日用品、家具、家電、衣料品・アクセサリーなど多岐にわたります。
日用消費財(FMCG)から耐久消費財まで幅広い商品・サービスのフィルム作品がエントリーの対象となるため、業種を問わず映像表現の水準が問われる部門です。こうした構造によって、業界全体の映像クリエイティブの基準を可視化する役割を担っています。
フィルム部門とは別に「フィルムクラフト部門」も設けられています。フィルムクラフト部門では演出・撮影・音響・編集といった制作技術が評価の対象です(参照*2)。
エントリー数と受賞数の全体像
2026年のフィルム部門には1469件のエントリーがあり、計45のライオンが授与されました。
内訳はゴールド8件、シルバー14件、ブロンズ22件、そしてグランプリ1件(対象作品は2本)です(参照*3)。
一方、フィルムクラフト部門には1433件のエントリーがあり、43のライオンが授与されています。こちらの内訳はゴールド6件、シルバー15件、ブロンズ21件で、グランプリはCoinbaseの「Your Way Out」が獲得しました(参照*4)。
フィルム部門・フィルムクラフト部門ともにエントリー数は1400件を超えています。映像によるブランド表現への関心の高さがうかがえます。受賞率としてはいずれも約3%にとどまり、狭き門であることが数字からも読み取れます。
グランプリ受賞作の詳細

Claude「Can I Get a Six Pack Quickly?」「How Can I Communicate Better with My Mom?」
フィルム部門のグランプリを獲得したのは、AI企業AnthropicのサービスであるClaudeのキャンペーンフィルム2本です。
制作はMother London、監督はBiscuit FilmworksのJeff Lowが務めました(参照*5)。
作品はスーパーボウルで放映されたダークコメディ調のフィルムで、Claudeが自社ツール上では商業広告を流さないと宣言する内容を描いています(参照*3)。「広告が存在すべきでない場所についての広告」という逆説的な構造が特徴であり、AI企業がAI自体を皮肉るという挑発的なアプローチをとっています。
タイトルにある「すぐに腹筋を割くには」「母ともっとうまく話すには」といった日常的な検索クエリが用いられている点も、ユーザー体験に根ざした設計を感じさせます。
広告でありながら広告を否定するという矛盾を、ユーモアと映像の力で成立させた点が、グランプリの評価につながりました。
審査員長コメントと評価ポイント
フィルム部門の審査員長を務めたのは、NLS Corp.のWorldwide Chief Creative OfficerであるPelle Sjoenellです。
同氏は過去にDroga5やBBH、Activision Blizzardにも在籍した経歴を持ちます。Sjoenell氏は受賞作について「広告が存在すべきでない場所についての広告であり、AIがAI自身をからかう作品だ」と評しました(参照*3)。
同氏は、市場のリーダー企業が出した発表を逆手にとり、「企業合気道」のように切り返す挑戦者の姿勢があったとも語っています。
すべてのフレームに機知と大胆さ、そしてクラフト(制作技術)が宿っていたと述べ、そのリスクの大きさと実行の完成度が、AI技術競争の認識そのものを塗り替えたと締めくくりました。この評価コメントからは、単なる映像美にとどまらず、戦略的な文脈設計と覚悟ある表現の両立が審査の核にあったことが読み取れます。
ゴールド受賞作一覧

Missing People「Based on a True Story」ほか社会派作品
ゴールド受賞8作品のうち、社会的なテーマを扱った作品が複数含まれています。
英国の行方不明者捜索団体Missing Peopleによる「Based on a True Story」は、BBH Londonが制作しました。また、メキシコの新聞La UnionとArticle 19(報道の自由を推進する団体)による「Bullet Machine」は、Grey Mexico Cityが制作しています(参照*6)。
「Bullet Machine」は、報道の自由と中立性をテーマにした作品です。
映像内で銃撃シーンを一切見せず、タイピングの音と銃声を同期させることで、取材の代償を観る者自身の想像力と音だけで体感させる構成をとっています(参照*7)。直接的な描写を排しながら強い衝撃を与える手法は、フィルムにおける「見せない演出」の力を改めて示したといえます。
IKEA・Hornbach・Apple・Coinbaseの企業フィルム
企業ブランドのフィルムも複数のゴールドを獲得しています。
IKEAの「Made for Life」はノルウェーのTry Osloが制作し、ドイツのホームセンターHornbachの「No Project Without Drama」はHeimat\TBWA Berlinが手がけました。Appleの「Apple Music X Bad Bunny Halftime Show – Shot on iPhone」はHPLA Los Angelesの制作です。さらにCoinbaseの「Your Way Out」はIsle of Any New Yorkが制作しています(参照*6)。
Hornbachの「No Project Without Drama」は、「自分の手を汚せ」というメッセージを舞台劇の形式で表現しています。崩れる壁や水滴、音響のすべてが人間の手と身体によって生み出され、伝えたいメッセージと制作手法が一致している点が評価されています(参照*7)。
各作品は業種もアプローチも異なりますが、共通するのはブランドの核にある考え方を映像の構造そのもので体現している点です。
言葉で語る以上に、作り方自体がメッセージになるというフィルムの本質が、ゴールド受賞作群に通底しています。
シルバー・ブロンズ受賞作の注目作

シルバー受賞の注目作品
フィルム部門ではシルバーが14件授与されました。
注目すべき作品のひとつが、Squarespace(ウェブサイト構築サービス)の「Unavailable」です。この作品はギリシャ人映画監督Yorgos Lanthimosが演出し、女優のEmma Stoneが出演しています。自分の名前のドメインが他者に取得されてしまう恐怖を、白黒のフィルムで「市民ケーン」やヒッチコック風のノワール(暗い雰囲気の映画様式)として描きました(参照*7)。
この作品がスーパーボウルの放映枠で流れたことも特筆に値します。
AI関連の広告が並ぶなかで、あえてクラシカルな映画的演出に振り切った「逆張り」の戦略が採られています。テクノロジー全盛の環境下で、映画の美学を前面に出すことが差別化につながるという実践例として見ることができます。
シルバー全14作品に共通するのは、映像の完成度に加え、コンセプトの独自性が際立っている点です。フィルム部門の審査では、アイデアの強さと映像表現の質が切り離せない関係にあることが、受賞作の顔ぶれから読み取れます。
ブロンズ受賞の注目作品
フィルム部門のブロンズには22作品が選ばれました。
フィルムクラフト部門に目を向けると、注目を集めた作品のひとつにA$AP Rockyの「Helicopter」があります。制作はSomesuchで、監督はDan Streitが務めました。PS2風のディストピア世界を、52台のカメラと4Dボリュメトリックキャプチャ、ガウシアン・スプラッティングと呼ばれる技術を組み合わせて構築しています(参照*2)。
この作品は、AIを使わずに人間のパフォーマンスをキャプチャし、ポストプロダクション(撮影後の編集工程)で自由にカメラワークを動かせる新しいVFX手法を実現しています。AIに依存しない映像技術の開拓という点で、今回のフィルムクラフト部門全体のテーマとも共鳴するアプローチです。
ブロンズ受賞作全体を見渡すと、従来の広告表現の枠にとどまらず、音楽やゲームの世界の映像言語を取り入れた作品が目立ちます。
フィルムの境界が拡がりつつあることを、受賞作品群が裏づけています。
日本関連作品の受賞

日本に関連する作品としては、講談社の「Light Hole」がフィルムクラフト部門のショートリストに選出されました。
制作はGeek Picturesで、監督は香取徹が担当しています。映像は講談社が擁する『AKIRA』や『進撃の巨人』の世界をライブアクションとペーパークラフトによるストップモーションで描いたもので、150人以上の応募者から選ばれた独立系クリエイターが監督を務めた3作目のブランドフィルムです(参照*7)。
フィルムクラフト部門のショートリストには、アニメーション領域でBBCの「Trails Will Blaze」、SHIPSの「Craftman.Ships」、LEGOの「Hello, Is It Play You’re Looking For?」なども名を連ねています。
講談社「Light Hole」はこれらと並ぶかたちで選出されています(参照*2)。
デジタル技術が主流となるなかで、紙という物理素材を用いたストップモーションで世界的なIP(知的財産)を再解釈する試みは、日本発のクラフト精神を体現したアプローチといえます。
ショートリスト入りという実績は、日本の映像制作力がカンヌライオンズの審査基準に適う水準にあることを示しています。
受賞傾向から読む判断基準

AIとクラフトの対比構造
2026年のフィルム部門を貫くテーマのひとつが、AIと人間のクラフトの対比です。
フィルムクラフト部門について「何を言ったかではなく、どう作ったかが問われる」とされ、AIが支配的な年にあって「人間の手でものを作ることへの意志」が際立つ年だったと総括されています(参照*7)。
グランプリのClaudeはAI企業がAI自体を皮肉るフィルムで、Hornbachの「No Project Without Drama」は人間の身体だけで音や現象を再現する舞台型のフィルムでした。この2作品は、AIへの態度が正反対でありながら、どちらも「人の手で作ること」への強い意識を共有しています。
ショートリスト全体についても、映像制作の技術が物語を強化し、ブランドの価値を高め、記憶に残る体験へと転換できることが述べられています(参照*2)。
「内から外へ」の企業メッセージ
受賞作品群を見ると、企業やブランドが内側に持つ信念を映像化し、外の社会へと発信していく構造が繰り返し現れています。
Claudeは「自社ツールに広告を出さない」という内部の意思決定をフィルムの核に据えました。Hornbachは「自分の手を汚せ」という企業哲学を、制作プロセスそのもので証明しています。IKEAやMissing Peopleの作品も、組織が守ろうとする価値観を出発点にしている点で共通しています。
カンヌライオンズ全体としても、「審査員が表彰した作品群は、業界を前進させるアイデア、革新、創造的な卓越性を示している」と報告されています。同時に、ケニアやギリシャといった国からも初のグランプリが生まれたと言及されています(参照*3)。
フィルム部門の受賞傾向は、外向きのメッセージを設計する前に、まず企業の内側にある想いや哲学を明確にすることの有効性を示唆しています。
「内から外へ」という順序でコミュニケーションを組み立てることが、結果として審査員にも生活者にも届く作品をつくる基盤になっていると、今回の受賞作群から読み取ることができます。
おわりに
カンヌライオンズ2026のフィルム部門は、AIの急速な普及というタイミングのなかで、人間の手による映像表現の価値を改めて可視化する場となりました。
グランプリから日本関連のショートリスト作品まで、「何を伝えるか」と「どう作るか」の両軸で審査されていることが、受賞作の顔ぶれに表れています。
自社のメッセージを映像で社会に届けたいと考える方にとって、今回の受賞作は企業の内側にある信念を起点にフィルムを設計するという視座を提供してくれます。
各作品の構造やアプローチを自社の文脈に照らし合わせることで、次の一歩を考える材料にしていただければと思います。
お知らせ
カンヌライオンズ×2026のフィルム審査に問われるストーリー性を踏まえ、インナー・コピーライティングで想いを言語化し、社会との新しいつながりを描くことが大切です。企業の広報やネーミング開発まで横断的に支援する観点も不可欠です。
株式会社ユー&ミーは、経営者・起業家・担当者が持つ想いの言語化「インナー・コピーライティング」を通じて、社会との新しいつながりを生みだします。事業会社からベンチャー企業・スタートアップまで、BtoCからBtoBまで、幅広い企業やサービスのコミュニケーション開発に携わってきました。
コピーライティングを軸として、広告・広報・PR・ネーミング開発・書籍プロデュースなどの手段を組み合わせたコミュニケーション戦略の策定を得意としています。コピーライティングに関する業務に加えて、講演や研修、メディア取材の問い合わせも、お気軽にご連絡ください。
監修者
梅田悟司(うめださとし)
コピーライター/ワークワンダース株式会社 取締役CPO
武蔵野大学アントレプレナーシップ学部 客員教授
博士(学術)東京科学大学 環境・社会理工学院 博士後期課程修了
1979年生まれ。電通、ベンチャーキャピタルでのスタートアップ支援を経て現職。企業の根幹となるMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)策定、コーポレート・メッセージ構築の第一人者として、経営層の思考の言語化を得意とする。
ジョージア「世界は誰かの仕事でできている。」、タウンワーク「バイトするなら、タウンワーク。」のコピーライティングや、TBSテレビ「日曜劇場」のコミュニケーション統括などを担当。核融合スタートアップ「Helical Fusion」をはじめ、次世代スタートアップ企業のブランド戦略の立案に従事する。
武蔵野大学では、日本初となるアントレプレナーシップ学部の立ち上げにおいて、教員としても着任する傍ら、コピーライティングを中心としたコミュニケーション・ブランディングに携わっている。
CM総合研究所が選ぶコピーライターラインキング・トップ10に5年連続選出。カンヌ広告賞、レッドドット賞、ギャラクシー賞、グッドデザイン賞、観光庁長官表彰など国内外30以上の賞を受ける。
著書に、シリーズ累計35万部を超える『「言葉にできる」は武器になる。』『きみの人生に作戦名を。』(日本経済新聞出版社)などがある。4ヶ月半におよぶ育児休暇を取得し、その経験を踏まえた『やってもやっても終わらない名もなき家事に名前をつけたらその多さに驚いた。』(サンマーク出版)を執筆。100を超えるメディアで取り上げられ、大きな話題となる。
参照
- (*1) Film | Lions | Awards | Cannes Lions
- (*2) Roastbrief US – Cannes Lions 2026 unveils the Film Craft Lions shortlist, featuring 147 shortlisted entries that celebrate cinematic excellence, production, direction, sound, editing and the visual power of brands – Roastbrief US
- (*3) Final winners announced for Glass: The Lion for Change, Dan Wieden Titanium Lions, Film Lions, Sustainable Development Goals Lions and Grand Prix for Good
- (*4) Cannes Lions International Festival of Creativity announces winners across the Entertainment and Craft Track Lions
- (*5) Cannes Lions 2026 Grand Prix Winners in Glass: The Lion for Change, Sustainable Development Goals, Film, Dan Wieden Titanium Lions, and Grand Prix for Good | LBBOnline
- (*6) Cannes Lions 2026: Film winners
- (*7) note(ノート) – Cannes Lions 2026 Film Craft Category Winners: Complete Summary | All Winners from Grand Prix to Bronze (with mini-deconstructions + actual ad links)