
この記事のまとめ
カンヌライオンズ2026のGlass: The Lion for Change部門では、社会の不平等や偏見に向き合う作品が選ばれました。要点は次のとおりです。
- グランプリはブラジルの「Nigrum Corpus」で、医学教育における人種バイアスに挑む取り組みです
- ゴールドはニュージーランドの「The Māori Roll Call」、シルバーは南アフリカの「The Unburied Casket」が受賞しました
- ブロンズはレバノン女性を支援する「Recipe for Change」とメキシコ移民を扱う「Welcome Back, Paisano」の2作品です
- 日本からはヤングライオンズのMedia部門でブロンズが生まれています
Glass: The Lion for Change部門の概要

部門が評価する創造性の定義
Glass: The Lion for Changeは、社会の不平等や偏見に切り込む創造性を評価する部門です。
この部門は、周縁化されてきた人々を意識的に描き、力づけるクリエイティブワークをたたえます。対象には障害のある人々、黒人や先住民、難民、亡命希望者、宗教的少数者、性的少数者、社会経済的に弱い立場に置かれた人々などが含まれます。年齢を問わず、社会のなかで代表されにくい存在や、烙印を押されてきた人々にも光を当てます(参照*1)。
審査では、単に問題を知らせるにとどまらず、構造的な変化を持続的に生み出したかどうかが問われます。測定可能な社会的インパクトを伴うことも重要な条件です(参照*2)。
つまり、共感を呼ぶ物語であることに加え、仕組みや制度に届く仕掛けを備えているかが評価軸になります。経営や事業に置き換えれば、社会に対する姿勢を発信で終わらせず、行動と結果につなげているかを問う部門だといえます。
対象となる社会課題と応募条件
この部門が扱う課題は幅広く、応募の門戸も広く開かれています。
対象となる社会課題には、体系的な不平等、偏見、社会における過小代表が含まれます。人種、ジェンダー、宗教、経済的背景など、多層的な差別に踏み込む作品が集まります。持続する構造変化と測定可能なインパクトを示すことが求められます(参照*2)。
応募は商業的なクライアントでも非商業のクライアントでも可能です。プロダクトやサービスの種類、コミュニケーションの媒体も問いません。企業のブランドキャンペーンからNGOの啓発活動まで、幅広い出し手が同じ土俵で審査されます(参照*1)。
この設計は、社会課題への関わり方を「本業と切り離した慈善」に閉じ込めないための工夫だと読み取れます。ブランドの立ち位置と社会的テーマを結び直す入口として、応募条件そのものが企業に問いを投げかけているといえます。
2026年の応募状況と受賞概況

エントリー数と受賞数の内訳
本年の受賞は絞り込まれ、狭き門となりました。
Glass: The Lion for Changeには122件のエントリーが集まりました。審査の結果、授与されたLionは合計5点にとどまりました。内訳はGold1点、Silver1点、Bronze2点、そしてグランプリ1点です。グランプリはブラジル・サンパウロのArtplanが手がけたIDOMED & Instituto Yduqsのための「Nigrum Corpus」に贈られました(参照*3)。
別の集計ではエントリーは121件と伝えられ、Gold1、Silver1、Bronze2に加えてショートリストが12件挙がりました。グランプリがブラジルのArtplanによる「Nigrum Corpus」であった点は共通しています(参照*2)。
受賞数の少なさは、審査が「変化の実装」を厳しく見た結果として読むことができます。派手さよりも、制度や現場を動かした証拠が問われた年だと整理できます。
審査員長のメッセージ
審査員長は、変化を仕組みで捉える視点を打ち出しました。
審査員長を務めたのはUWGのエグゼクティブチェア、Monique Nelson氏です。氏は選出について、がんや糖尿病のような問題を解けるのなら、レイシズムも治せると語りました。ただし、そのためには系統立てて扱う必要があり、プロセスに基づき、あらゆる階層で教育していくことが欠かせないと述べました(参照*4)。
また、Nelson氏は現在を矛盾に満ちた時代だとしました。テクノロジーと人工知能があらゆる速度を上げる一方で、人々は減速を求めています。利便性に最適化された世界で、受け手は意味を探し、コンテンツに溢れた世界で創造性を求め、テクノロジーに動かされる世界で人間性を求めていると語りました(参照*5)。
このメッセージは、差別を「個人の意識問題」から「仕組みで治療する対象」へと言い換えたところに核心があります。単発の啓発でなく、教育や制度に組み込む設計が今回の評価軸を貫いていたと理解できます。
グランプリ「Nigrum Corpus」の全貌

医学教育に潜む人種バイアスへの挑戦
グランプリはブラジル発、医学教育の内側から変える試みでした。
「Nigrum Corpus」は、レイシズムを一つの疾患として捉え、それを教育の段階から攻めるマルチモーダルな医学教科書です。黒人患者が実際に経験してきたことを厳密に記録し、数値化し、研究として翻訳した点が高く評価されました。ブラジルの最高医療機関に採用され、WHOの支持も得て、いまや世界で推定20億人に向けて医学教育を再定義し、黒人の身体を人間として描き直しています(参照*3)。
背景には深刻な医療格差があります。ブラジルでは黒人患者が医療過誤に遭う確率が白人患者の6倍とされ、その一方で人口の55%が黒人層に属します。プロジェクトは教育こそがレイシズムという疾患への治療だという信念のもとに始まりました。生まれた本は、黒人の身体を芸術的に描くだけでなく、医療現場で人種差別的な振る舞いを助長する各種の「疾患」を解説しています。この取り組みは17の機関に採用され、やがて同国の保健相の手にまで渡りました(参照*4)。
問題を「意識の悪さ」ではなく「学びの欠落」に置き換えたことが、この作品の突破口だと読み取れます。医療という信頼性の高い領域の言語を借りて、差別を扱う語彙そのものを更新した点に注目できます。
WHOも支持する社会的インパクト
評価の中心は、実際に制度が動いたという事実でした。
参画した機関は、調査データや患者証言を編み込み、医療体制のなかにある人種差別をあぶり出す一冊を制作しました。体裁は医学教科書に似ていますが、通常の疾患や症状の代わりに、さまざまな人種バイアスが並びます。問題は臨床の現場ではなく、養成段階から始まっているという主張が本の構造そのもので示されています。ある症例は「Morbus Albus Diagnostica」と名づけられ、白人の身体が唯一の基準になってしまう現象として説明されています(参照*6)。
この本は、ブラジルの最高医療機関に採用され、WHOの支持を受けました。教育現場を経由することで、推定20億人規模の患者と医療者に届く道筋がつくられています(参照*3)。
広告的な話題づくりに終わらず、教科書という道具に落とし込んだ結果、成果を数と機関で語れる形になりました。想いを言語化して外に伝えるだけでなく、既存の制度と接続する設計が、社会的インパクトを増幅させたと整理できます。
ゴールド・シルバー受賞作の視点

Gold「The Māori Roll Call」ニュージーランド
ゴールドは、マオリの政治参加を促す長尺キャンペーンでした。
受賞したのはWhānau Oraのための「The Māori Roll Call」で、制作はオークランドのMotion Sicknessが担いました。キャンペーンの顔となったのは、マオリのアーティストであり活動家でもあるTāme Iti氏です。500人を超える実在の有権者の名前を読み上げる構成で、ニュージーランド史上もっとも長い30分の広告として発表されました。マオリの選挙人名簿への登録を後押しし、アオテアロアの政治史の重要な局面に備える狙いがありました(参照*7)。
同年のカンヌライオンズでは、ヤングライオンズの受賞発表も行われました(参照*8)。
投票率という数字の背後にある、名前を持った一人ひとりを可視化した点が特徴だと読み取れます。制度参加を「静かな行動」ではなく、時間をかけて共有する儀式として設計したところに新しさが見えます。
Silver「The Unburied Casket」南アフリカ
シルバーは、女性への暴力という重い現実に体で向き合う作品でした。
「The Unburied Casket」は、南アフリカで深刻化する女性殺害の危機に対し、公共空間でのアクティベーションを通じて認知と対話を生み出す設計になっています。大型の棺と象徴的な葬列を用いて、国内で女性に向けられる暴力の規模を可視化しました(参照*9)。
このキャンペーンはWomen For ChangeのためにEdelman SA Johannesburgが制作を手がけ、Glass: The Lion for ChangeでSilver Lionを獲得しました(参照*10)。
統計を数字のまま提示するのではなく、街の風景に埋め込む形で当事者性を呼び起こしています。沈黙されがちなテーマを、公共の場で見過ごせない大きさに変換した点が学びの中心になります。
ブロンズ受賞作と多様な社会課題

Bronze「Recipe for Change」レバノン女性支援
1点目のブロンズは、家庭のレシピを女性の収入源に変える発想でした。
中東の乳製品ブランドPuckは、レバノンの女性たちが世代を超えて受け継いできた家庭のレシピに着目しました。「Recipe for Change」は、これらの文化的な家宝を知的財産として扱い、世界各地のレバノン料理店やフュージョン料理店にライセンス提供する仕組みです。販売された料理ごとに収益が発生し、利益の50%はレシピの担い手である女性たちに直接還元されます(参照*11)。
本作はドバイのFP7 McCannが制作を手がけました(参照*10)。
見えづらかった労働と知恵に、契約と分配の仕組みで名前を与えた点が特徴です。ブランドの本業である食を通じて、支援を一過性の寄付から継続する経済活動に置き換えた構造が読み取れます。
Bronze「Welcome Back, Paisano」メキシコ移民
2点目のブロンズは、里帰りする移民の迎え方を問い直す作品でした。
「Welcome Back, Paisano」は、米国から一時的に帰国する何千人ものメキシコ移民の姿に光を当て、母国での迎え方を問い直す取り組みです。ステレオタイプに挑み、計測できる文化的変化を生む発想がGlass: The Lion for Changeでのブロンズ受賞につながりました(参照*12)。
本作はビールブランドTecateのために、メキシコシティのLePubが制作を手がけました(参照*10)。
移民という主題を、送り出し国側の視点から扱った点に独自性があります。ブランドと国民感情を結び直し、迎える側の態度そのものを再設計しようとする姿勢が読み取れます。
日本の関連動向と学びの視点

日本の関わりは、若手クリエイターの躍進という形であらわれました。ヤングライオンズでは、TBWA\HAKUHODOのアートディレクターErina Yokota氏と、SANRIOのコピーライターRiko Uesugi氏が「HandsUp4Uncounted」でMedia部門のブロンズを獲得しました(参照*8)。
本編のGlass: The Lion for Change部門で授与されたLionは合計5点で、いずれも海外の作品が名を連ねました。応募は122件、受賞はGold1、Silver1、Bronze2とグランプリという構成でした(参照*3)。
審査員長は、テクノロジーが加速する時代だからこそ、受け手は意味と創造性、そして人間性を探していると語りました。便利さがあふれる世界で、遅さや手ざわりを求める声が高まっているという見立てです(参照*5)。
国内での実務に引きつけると、経営層や担当者が抱く想いを外向きの広告に翻訳する前に、内側の言葉を丁寧に整える段階が鍵になりそうです。社会課題を扱う発信を、単発の話題づくりではなく、教育や制度、収益分配のような仕組みと結びつける発想が、今回の受賞作から共通して読み取れます。
おわりに
本年のGlass: The Lion for Changeは、社会的不平等に対して、教育や制度、経済の仕組みそのものに手を入れた作品が中心に選ばれました。医学教育を書き換えたブラジルのグランプリを筆頭に、投票制度、女性の安全、女性の経済参加、移民の受け入れという多様なテーマが並びました。
共通していたのは、想いを言葉にとどめず、変化の測れる仕組みに落とし込む姿勢でした。内から外へと言葉を運ぶ過程で、誰の声を、どの制度に届けるのかを問い直す視点が、これからの企業発信にも重なってきます。
お知らせ
カンヌライオンズ2026 Glass: The Lion for Changeの精神を受け、経営者や起業家の想いを言語化するインナー・コピーライティングで社会変革を伝える言葉を共創します。
株式会社ユー&ミーは、経営者・起業家・担当者が持つ想いの言語化「インナー・コピーライティング」を通じて、社会との新しいつながりを生みだします。事業会社からベンチャー企業・スタートアップまで、BtoCからBtoBまで、幅広い企業やサービスのコミュニケーション開発に携わってきました。
コピーライティングを軸として、広告・広報・PR・ネーミング開発・書籍プロデュースなどの手段を組み合わせたコミュニケーション戦略の策定を得意としています。コピーライティングに関する業務に加えて、講演や研修、メディア取材の問い合わせも、お気軽にご連絡ください。
監修者
梅田悟司(うめださとし)
コピーライター/ワークワンダース株式会社 取締役CPO
武蔵野大学アントレプレナーシップ学部 客員教授
博士(学術)東京科学大学 環境・社会理工学院 博士後期課程修了
1979年生まれ。電通、ベンチャーキャピタルでのスタートアップ支援を経て現職。企業の根幹となるMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)策定、コーポレート・メッセージ構築の第一人者として、経営層の思考の言語化を得意とする。
ジョージア「世界は誰かの仕事でできている。」、タウンワーク「バイトするなら、タウンワーク。」のコピーライティングや、TBSテレビ「日曜劇場」のコミュニケーション統括などを担当。核融合スタートアップ「Helical Fusion」をはじめ、次世代スタートアップ企業のブランド戦略の立案に従事する。
武蔵野大学では、日本初となるアントレプレナーシップ学部の立ち上げにおいて、教員としても着任する傍ら、コピーライティングを中心としたコミュニケーション・ブランディングに携わっている。
CM総合研究所が選ぶコピーライターラインキング・トップ10に5年連続選出。カンヌ広告賞、レッドドット賞、ギャラクシー賞、グッドデザイン賞、観光庁長官表彰など国内外30以上の賞を受ける。
著書に、シリーズ累計35万部を超える『「言葉にできる」は武器になる。』『きみの人生に作戦名を。』(日本経済新聞出版社)などがある。4ヶ月半におよぶ育児休暇を取得し、その経験を踏まえた『やってもやっても終わらない名もなき家事に名前をつけたらその多さに驚いた。』(サンマーク出版)を執筆。100を超えるメディアで取り上げられ、大きな話題となる。
参照
- (*1) Glass: The Lion for Change
- (*2) Bizcommunity – #Cannes2026 | Kenya and South Africa win big in social impact categories
- (*3) Final winners announced for Glass: The Lion for Change, Dan Wieden Titanium Lions, Film Lions, Sustainable Development Goals Lions and Grand Prix for Good
- (*4) Cannes Lions 2026 Grand Prix Winners in Glass: The Lion for Change, Sustainable Development Goals, Film, Dan Wieden Titanium Lions, and Grand Prix for Good | LBBOnline
- (*5) Roastbrief US – Cannes Lions 2026 Jury Presidents Call for a More Human, Cultural and Courageous Future for Creativity
- (*6) Cannes Lions 2026: Glass: The Lion for Change winners
- (*7) Campaign Brief NZ – Motion Sickness wins Gold Lion in Cannes Glass: The Lion for Change for Whānau Ora’s “The Māori Roll Call”
- (*8) Young Lions Competitions announce 2026 winners
- (*9) SA Creatives – South African Creativity Takes the Global Stage At Cannes Lions 2026
- (*10) Roastbrief US – The final day of Cannes Lions 2026 recognised 65 awards across the main categories and 21 Young Lions medals, with top honours for Suncorp Insurance, Claude, Idomed & Instituto Yduqs, Too Good and Comando con Venezuela – Roastbrief US
- (*11) MW Cannes – McCann Worldgroup @ Cannes
- (*12) Revista Merca2.0 – Tecate y LEPUB México conquistan un León de Bronce en Glass: The Lion for Change en Cannes Lionsn