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スタートアップのためのブランディングガイド:立ち上げ期の設計から運用まで

スタートアップのためのブランディングガイド:立ち上げ期の設計から運用まで

はじめに

スタートアップが事業を軌道に乗せるうえで、ブランディングは後回しにされがちです。しかし、認知度が低い段階の企業こそ、顧客や投資家、採用候補者に対して一貫したメッセージを届ける必要があります。ブランディングが不在のまま発信を続けると、タッチポイントごとに伝わる印象がばらつき、信頼の蓄積が遅れるためです。

本記事では、ブランディングの定義と前提から、ブランド設計のステップ、メッセージの階層構造、外部パートナーの選び方、運用・検証の進め方、そして具体的な事例までを順に取り上げます。立ち上げ期に押さえるべきポイントを確認していきます。

ブランディングの定義と前提

ブランディングの定義と前提

ブランディングとマーケティングの違い

ブランディングとマーケティングは、目的と時間軸が異なります。マーケティング戦略は、商品やサービスを効率的に販売し、短期から中期的な売上を最大化することが主な目的です。一方、ブランディング戦略は、顧客との長期的な信頼関係を構築し、「選ばれ続ける企業」になることを目指します(参照*1)。

この違いを理解しないまま施策を走らせると、短期の数字だけを追い続けてブランドの蓄積が生まれない、あるいは理念の発信だけで売上につながらない、という状態が起こります。スタートアップでは限られた予算をどちらに配分するかの判断が迫られる場面が多いため、両者の役割を分けたうえで、それぞれに優先度を設定することが出発点になります。

スタートアップ特有の課題と機会

スタートアップにとってブランディングが特に欠かせないのは、まだ市場での認知度が低い段階にあるからです。認知度が低い企業が顧客や投資家、採用候補者から信頼を得るには、一貫したブランドメッセージが不可欠であり、ブランディングは単なる装飾ではなく事業の成長エンジンとして機能します(参照*2)。

さらに、ブランディングは投資家からの評価にも直結します。明確なブランドアイデンティティを持つ企業は事業の方向性や市場でのポジションが明確であることを示し、投資判断で重視される要素となります。ブランド価値が確立されたスタートアップは、同規模の競合と比較して評価額が平均20〜30%高くなる傾向があるとの指摘もあります(参照*3)。

ブランディングだけで事業が成功するわけではなく、事業構造そのものとの整合を取りながら進める必要があります。資金が尽きて事業を閉じたスタートアップ431社を対象にした分析では、直接の最終原因は「資金の枯渇」が70%で最多でした。しかし、より本質的な要因として、プロダクト・マーケット・フィットの欠如が43%、タイミングの悪さが29%、持続不可能なユニットエコノミクスが19%と報告されています(参照*4)。

ブランド設計の5ステップ

ブランド設計の5ステップ

MVV策定とブランドストーリー

ブランド設計の出発点は、自社の存在意義を言語化することです。「なぜこの事業を行うのか」というミッション、「将来どのような姿を目指すのか」というビジョン、「何を大切にするのか」というバリューの3つを明確にします。MVVは社内外すべてのコミュニケーションの土台となります(参照*2)。

このMVVに血を通わせるのが、ブランドストーリーです。創業の背景や解決したい社会課題など、感情に訴えるストーリーはスタートアップの強力な武器になります。大企業と異なり、創業者の顔が見えやすいスタートアップだからこそ、個人的な体験や情熱を前面に出すことができます。このストーリーを軸に一貫性のあるメッセージを構築し、ウェブサイト、ピッチデック、SNSなど全てのタッチポイントで統一感のある発信を行うことが求められます(参照*3)。

MVVとストーリーは別々の成果物ではなく、表裏一体のものです。理念をストーリーに載せることで、社内のメンバーにも社外のステークホルダーにも、創業者が描く世界観が伝わりやすくなります。

ターゲット設定とポジショニング

MVVとストーリーが固まったら、次に「誰に届けるか」と「競合に対してどこに立つか」を決めます。ブランドコンセプトは「このブランドは顧客に何をもたらすのか」という約束であり、全てのブランド活動の核です。商品開発から広告、顧客対応に至るまで、あらゆる活動の判断基準となるため、企業の理念や価値観と一致した、ブレのないコンセプトを慎重に策定する必要があります(参照*1)。

ポジショニングを可視化する手法のひとつに、知覚マップがあります。これは、顧客が自社ブランドを競合と比較してどう認識しているかを視覚的に示すもので、似た特徴を持つ業界の競合を特定し、差別化の機会を見つけるために活用されます(参照*5)。

スタートアップの場合、競合が先にポジションを確立していることが多いため、知覚マップで空白領域を特定し、そこにブランドコンセプトを当てはめることで、限られた資源でも明確な差別化を実現しやすくなります。

ビジュアルアイデンティティ構築

言語化されたMVVやポジショニングを、視覚的な要素へ落とし込む段階がビジュアルアイデンティティの構築です。ブランドの世界観を伝えるうえで、色、形状、フォントなどのデザイン要素は、言葉と同じくらいの役割を担います。

たとえばスマートラウンドは、ブランド刷新の際に、スタートアップのJカーブを象徴する矢印をモチーフとして引き続き採用しつつ、傘の左右差で多様性を表現しました。カラーは、意志と推進力を印象づける濃オレンジと、知性と信頼を感じさせる濃グレーに刷新し、力強さと安定感、慎重な知的伴走者という意味を込めています(参照*6)。

ビジュアルアイデンティティは「見た目の好み」で決めるのではなく、ブランドが伝えたい価値を形状や色彩に翻訳する作業です。ここで言語化の工程を省くと、デザインの方向性がぶれやすくなるため、前段のMVVやポジショニングとの接続を意識しながら進めることがポイントです。

メッセージ設計と外部パートナー

メッセージ設計と外部パートナー

メッセージアーキテクチャの基本

ブランドメッセージとは、ブランドが顧客・社会・社員に対して一貫して伝えたい意味や価値、約束を言語化した発信体系のことです。単一の文言ではなく、コアメッセージを頂点としたメッセージ階層、すなわちメッセージアーキテクチャとして設計されるのが実務上の標準的な考え方です。具体的には3つの層を含みます。戦略層は存在意義や価値観を支える言葉であり、ミッション・ビジョン・パーパスがここにあたります。訴求層は顧客の便益や差別化を伝える言葉で、ベネフィットや信じる根拠(Reason To Believe:RTB)がこれに該当します。表現層はトーンや言い回し、語彙の選び方に関する取り決めです(参照*7)。

この3層を先に定めておくことで、ウェブサイト、営業資料、SNSといったタッチポイントごとに書き手が変わっても、ブランドとしての一貫性を保ちやすくなります。スタートアップでは少人数で複数のチャネルを運用するケースが多いため、属人的な判断に頼らず指針となるアーキテクチャを持っておくことが、発信のブレを防ぐ基盤となります。

コピーライター・代理店の選び方

メッセージ設計を進める際、外部パートナーの力を借りる場面があります。初期段階では外部の専門家を活用しながら、徐々に内製化を進めることでコストを適切に配分する方法が考えられます。ロゴやウェブサイトなど基礎となる要素は専門家に依頼し、日々のSNS運用やコンテンツ制作は社内で対応するという分担です(参照*3)。

代理店やコピーライターを選ぶ際のひとつの観点として、Zolaの事例が参考になります。Zolaはリブランディングの際に広告代理店を戦略パートナーとして起用しました。その代理店が提案の中で示した「多くの競合が結婚式当日という1点にばかり注目する中、Zolaが提供する価値はカップルを結婚式の日まで導いていく道のりにある」という視点に、決定的な洞察を見出したといいます(参照*8)。

外部パートナーに求めるべきは、単に美しい言葉を生み出す技術ではなく、経営者の想いや事業の構造を読み解き、ブランドの核となるメッセージを引き出す対話力です。提案内容がMVVやポジショニングと整合しているかを確認することが、パートナー選定の判断基準になります。

運用・検証と失敗回避

運用・検証と失敗回避

ガイドライン整備と社内浸透

ブランドを一貫して表現し続けるためには、ルールブックとなるブランドガイドラインが欠かせません。ブランドガイドラインとは、ロゴの使い方、カラー、トーン・オブ・ボイスなどを明文化したもので、社内外のあらゆるコミュニケーションでブランドのブレを防ぐ役割を持ちます(参照*9)。

ガイドラインは作って終わりではなく、社内に浸透させなければ機能しません。発信後は、アンケート調査やウェブ解析、SNSでの反応などを通じて、ブランド認知度やイメージが意図した通りに伝わっているかを確認します。ギャップがあれば原因を分析し、発信内容や方法を修正する検証と改善のサイクルを回すことが、ブランドを育てるうえで不可欠です(参照*1)。

スタートアップは組織の変化が速いため、ガイドラインも固定的な文書ではなく、事業フェーズに合わせて更新可能な形で管理しておくと、新しいメンバーが加わった際の立ち上がりも早くなります。

よくある失敗パターンと対策

スタートアップのブランディングで頻出する失敗のひとつは、デザインだけに注力してしまうことです。ロゴやウェブサイトのデザインばかりに投資し、ブランドの中身である理念や価値観が空洞化するケースがあります。見た目の美しさは大切ですが、それを裏付ける「なぜ」がなければ、顧客の心には響きません(参照*2)。

もうひとつの典型的な失敗は、部署や担当者によってブランドメッセージがバラバラになることです。営業資料、ウェブサイト、SNSでそれぞれ異なるトーンや価値提案をしてしまうと、顧客は混乱し、ブランドへの信頼が損なわれます。対策として、シンプルなブランドガイドラインを作成し、全社員がアクセスできる場所に保管することが挙げられます(参照*3)。

いずれの失敗も、根本にあるのは言語化の不足です。デザインや発信の前に、MVV・メッセージアーキテクチャ・ガイドラインという「内側の骨格」を固めておくことで、表層のブレを構造的に防ぐことができます。

事例に学ぶブランド戦略

事例に学ぶブランド戦略

Zolaのリブランディング

Zolaはもともと「ウエディングギフトの配送サービス」として広く認識されていました。しかしその後、事業は結婚準備全体やその後の結婚生活までをサポートするものへと進化し、世間のイメージと実態との間にギャップが生まれていました。そこでZolaは、このギャップを埋め、ブランドを「結婚準備のワンストップショップ」へと再定義するリブランディングに取り組みました(参照*8)。

この事例で注目すべきは、事業の実態がすでに変わっていたにもかかわらず、ブランドの認知が追いついていなかったという構造です。スタートアップはピボットや事業拡張が頻繁に起こるため、「自社が何を提供しているか」と「外から何の会社に見えているか」のズレを定期的に確認する必要があります。

また、事例を分析する際には、表面のコピーを見るだけでなく、数年分の発信物をコアメッセージとサブメッセージに分類して構造化することが有効です。表面のコピーではなく設計の骨格を読む目を持つことが、自社のブランディングに応用する際の力になります(参照*7)。

スマートラウンドのブランド刷新

スマートラウンドは、スタートアップと投資家の架け橋としての役割を強化し、日本のスタートアップエコシステムの成長を加速させることを目的にブランド刷新を実施しました。社内外のステークホルダーとの対話を通じて、自社の存在意義と提供価値を再定義しています(参照*6)。

ビジュアル面では、Jカーブを象徴する矢印モチーフを継承しつつ、濃オレンジと濃グレーという新しいカラーパレットを採用し、力強さと知性の両立を図りました。既存のモチーフを活かしながら色彩を変えることで、連続性と刷新の両方を実現した事例といえます。

スマートラウンドの取り組みからわかるのは、ブランド刷新が「デザインの変更」にとどまらず、ステークホルダーとの対話を経て存在意義を再言語化する過程であるという点です。「内から外へ」というプロセスを踏むことで、ビジュアルの変更にも意味が宿ります。

おわりに

スタートアップのブランディングは、MVVの策定からメッセージアーキテクチャの設計、ビジュアルへの落とし込み、そしてガイドラインによる運用まで、一連の工程として捉えることが重要です。デザインだけ、言葉だけに偏るのではなく、内側の骨格を固めたうえで外に発信するという順序が、ブレのないブランドを育てる基盤になります。

事業のフェーズが進めば、ブランドの見直しが必要になる場面も訪れます。そのときに立ち返れるMVVやメッセージの階層構造を今のうちに整えておくことが、将来の選択肢を広げる土台となります。

お知らせ

スタートアップ×ブランディングにおいて、経営者・起業家の想いをインナー・コピーライティングで言語化し、広告・広報・ネーミング等を組み合わせて事業と社会の新しいつながりを生み出す戦略設計が求められます。
株式会社ユー&ミーは、経営者・起業家・担当者が持つ想いの言語化「インナー・コピーライティング」を通じて、社会との新しいつながりを生みだします。事業会社からベンチャー企業・スタートアップまで、BtoCからBtoBまで、幅広い企業やサービスのコミュニケーション開発に携わってきました。

コピーライティングを軸として、広告・広報・PR・ネーミング開発・書籍プロデュースなどの手段を組み合わせたコミュニケーション戦略の策定を得意としています。コピーライティングに関する業務に加えて、講演や研修、メディア取材の問い合わせも、お気軽にご連絡ください。

監修者

梅田悟司(うめださとし)

コピーライター/ワークワンダース株式会社 取締役CPO
武蔵野大学アントレプレナーシップ学部 客員教授
博士(学術)東京科学大学 環境・社会理工学院 博士後期課程修了

1979年生まれ。電通、ベンチャーキャピタルでのスタートアップ支援を経て現職。企業の根幹となるMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)策定、コーポレート・メッセージ構築の第一人者として、経営層の思考の言語化を得意とする。

ジョージア「世界は誰かの仕事でできている。」、タウンワーク「バイトするなら、タウンワーク。」のコピーライティングや、TBSテレビ「日曜劇場」のコミュニケーション統括などを担当。核融合スタートアップ「Helical Fusion」をはじめ、次世代スタートアップ企業のブランド戦略の立案に従事する。

武蔵野大学では、日本初となるアントレプレナーシップ学部の立ち上げにおいて、教員としても着任する傍ら、コピーライティングを中心としたコミュニケーション・ブランディングに携わっている。

CM総合研究所が選ぶコピーライターラインキング・トップ10に5年連続選出。カンヌ広告賞、レッドドット賞、ギャラクシー賞、グッドデザイン賞、観光庁長官表彰など国内外30以上の賞を受ける。

著書に、シリーズ累計35万部を超える『「言葉にできる」は武器になる。』『きみの人生に作戦名を。』(日本経済新聞出版社)などがある。4ヶ月半におよぶ育児休暇を取得し、その経験を踏まえた『やってもやっても終わらない名もなき家事に名前をつけたらその多さに驚いた。』(サンマーク出版)を執筆。100を超えるメディアで取り上げられ、大きな話題となる。

参照

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