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はじめに
経営者がどれほど強い想いを持っていても、その想いが社員に届かなければ組織は一つにまとまりません。では、経営者の想いの伝え方において何が大切で、それを疎かにするとどのような問題が起きるのでしょうか。
伝え方を誤ると、理念は「壁に貼られたスローガン」にとどまり、社員の行動や判断に結びつきません。一方、共感を生む伝え方を実践すれば、社員が自ら動く組織へと変化していきます。本記事では、想いが届かない背景から、共感を生む5つの秘訣、よくある失敗例までを順に解説します。
経営者の想いが届かない背景

理念浸透の現状と定量データ
理念を言語化しても社員に届きにくいのが現状です。経営者の想いは、企業理念やビジョンという形で言語化されます。しかし、その理念が社員にどれだけ届いているかを示すデータを見ると、現実は厳しいものがあります。企業理念の内容を「十分理解している」と答えた社員は41.8%、「内容に同意できる」と答えた社員は44.5%にとどまりました(参照*1)。
理念浸透を「理解・共感・行動・判断」の4要素で測定した調査では、肯定回答の割合が理解36.3%、共感30.3%、行動28.3%、判断25.7%と、段階が深まるほど数値が下がっています(参照*2)。さらに、HR総研の調査では「企業理念が浸透している」と答えた企業は全体の6%で、「やや浸透している」と答えた企業を合わせても50%に達していませんでした(参照*3)。
こうした数値から読み取れるのは、理念を「知っている」段階でもおよそ半数に届かず、「自分の判断に落とし込む」段階ではおよそ4人に1人にまで減るという構造です。経営者の想いの伝え方を見直す必要性は、この数字が端的に示しています。
浸透を阻む3つの構造的要因
理念浸透が進まない背景には、大きく3つの構造的な壁があります。1つ目は、伝え方が最適化されていないことです。抽象的な表現が多く、現場の具体的な業務との接点が見えないために、社員が「自分の仕事と何が関係するのか」をつかめません(参照*4)。
2つ目は、理念に触れるタイミングや手段の工夫が足りず、社員が理念と接する機会そのものが少ない点です。そして3つ目は、一方通行の発信で終わっていることです。経営層から現場への伝達だけで完結し、社員が考えたり対話したりする場が設けられていません(参照*4)。
加えて、日本企業の理念や制度は従業員の関与が足りないまま策定され、解像度が低い状態で上から伝達されるものになっているとの指摘もあります。この状態では、どれほど精緻に構築した理念も形だけのものになりかねません(参照*5)。つまり、想いが届かない原因は「想いの中身」だけでなく「届け方の仕組み」にあるのです。
想いが届くと組織はこう変わる

エンゲージメントと業績への影響
想いが社員に届くほど、パフォーマンスや就業継続意向、ワーク・エンゲイジメントにプラスの関係が見られます。企業理念の浸透度が高い層ほど、個人のパフォーマンス、就業継続意向、ワーク・エンゲイジメントのいずれにおいてもプラスの関係が確認されています(参照*5)。
エンゲージメントが高い社員は、仕事に深く関与して熱意を持ち、組織を前進させる心理的な「当事者」として成果と革新を生み出す存在とされています(参照*6)。経営者の想いが浸透することで、社員一人ひとりが「自分が組織を動かしている」という感覚を持ちやすくなり、結果として業績面にも良い循環が生まれると考えられます。
一体感・採用力への波及効果
想いの浸透は、組織の一体感にもつながります。理念浸透度が高い層ほど「自分と会社の重なり」が大きいことが、自己と組織の一体感を測る尺度(IOS尺度)を用いた調査で確認されています(参照*5)。自分の価値観と会社の方向性が重なっていると感じられれば、日々の業務に意味を見出しやすくなります。
さらに、理念が社内に浸透して社員が主体的に行動し業績を生み出している企業は、外部からも魅力的に映ります。「この会社の考え方に共感した」「一緒に働きたい」という動機を持つ求職者が現れるため、採用力の面でも好影響が期待できます(参照*7)。経営者の想いの伝え方を磨くことは、内側の一体感と外側への求心力の両方に作用するのです。
共感を生む5つの秘訣

秘訣1:自らの言葉で繰り返し語る
共感を生むには、トップ自身が言葉にし続けることが土台になります。ある製造業の事例では、社長が「なぜこれをやらないといけないのか」を丁寧に説明し続けたことが、社員の納得感を大きく高めました。社員は納得できないことはやりたくない反面、説明を受けて腹落ちすれば面倒なことでもやる気になるといいます。トップが言語化し、常に言葉を発することが大切だとされています(参照*8)。
ここで注意したいのが、言葉の明確さです。指示する側は分かりやすくまとめているつもりでも、実際には相手に正しく伝わる表現になっていないことがあります。たとえば6W2Hを確認すると、1つか2つ抜けていることがあるほか、最も重要な「何をすべきか」自体が曖昧なケースもあるとされています(参照*9)。想いを語る際には、具体的で平易な言葉を選び、繰り返し発信することが土台になります。
秘訣2:ストーリーで想いを可視化する
想いをストーリーの形で届けると、社員の記憶に残りやすくなります。企業理念の背景には創業時の思いや背景、未来へのビジョンなどの「物語」があり、この物語は理念浸透において大きな役割を果たします。ある研究結果によると、人はストーリーがあることで事実をそのまま受け取るよりも最大で22倍記憶に残りやすくなるとされています(参照*7)。
ストーリーに加えて、ビジュアル化も有効な手段です。未来像を具体的なシーンで示せば社員の想像が膨らみ、ビジョンの解像度が上がることでステークホルダー間のコミュニケーション促進にもつながります(参照*3)。言葉だけでは伝わりにくい想いも、物語の構造と映像的な表現を組み合わせることで、社員の心に残りやすい形へと変換できます。
秘訣3:双方向の対話で自分ゴト化を促す
双方向の対話を設けることが、理念の自分ゴト化につながります。理念や制度の浸透施策としては、全体説明会、社内イントラネット、社内報などの「一方通行型」が突出して多く採用されています。しかし、浸透への影響が確認されたのは「双方向型」の施策でした(参照*5)。
企業理念や人事制度の浸透には、策定・浸透プロセスにおける従業員のインボルブメント(関与・参画・共感)の度合いが大きくプラスに働くことも確認されています(参照*1)。経営者の想いを一方的に伝えるだけでなく、社員が自分の言葉で語り直したり、疑問を投げかけたりする場をつくることで、理念は「会社のもの」から「自分のもの」へと変わります。
秘訣4:日常業務に接点を埋め込む
想いに触れる機会を日常業務の中に組み込むと、接触頻度を無理なく高められます。イントラネットは業務の合間に社員が頻繁にアクセスする場所であり、トップページや掲示板に理念に関するコラムや動画を配置すれば、理念との接触頻度を無理なく高めることができます(参照*4)。
年に1度の全社総会だけで想いを伝えようとすると、どうしても「イベントの中のスローガン」で終わりやすくなります。日常的な業務動線の中に接点を埋め込み、社員が繰り返し理念に触れる状態をつくることが、無意識の理解と行動変容を後押しするのです。大切なのは「特別な場」をつくることよりも、「いつもの場」に想いを溶け込ませることにあります。
秘訣5:評価・制度で本気度を示す
想いを評価や制度に反映させると、言葉と意思決定のずれが起きにくくなります。社内コミュニケーションの課題を「伝え方の問題」とだけ捉えてしまう企業は少なくありませんが、変化の本質は評価と意思決定にあるとの指摘があります(参照*10)。どれほど想いを語っても、評価の仕組みがそれと矛盾していれば、社員は評価基準のほうに行動を合わせます。
評価基準や採用基準に理念やビジョンに関する条項を盛り込み、表彰制度などを通じて定期的にリマインドすることで、経営陣の本気度を形にできます。加えて、経営陣が理念にふさわしくない投資を徹底的に拒否するなど、言葉と行動の両面で一貫性を示すことも欠かせません(参照*11)。想いを「語る」だけでなく「仕組みに落とす」ことが、伝え方の最終段階と言えます。
伝え方を誤る典型的な失敗例

抽象的すぎる言葉で語ると、社員の行動につながりにくくなります。ある外食チェーンでは、会長が求めるレタスの食感を「ガラスを噛み砕いた食感にしてくれ」と表現していたといいます。経営会議後の講演も抽象的で哲学的な内容であり、現場は真意を汲み取れなかったのです(参照*9)。経営者にとっては実感のこもった比喩でも、社員にとっては行動に移せない言葉になりかねません。
理念の内容が抽象的で、現場とつながらないことも浸透の障壁になります。自社の理念の課題として「抽象的な内容のみで具体性がない」「現場の実態とかけ離れている」「理想が高すぎて現実的に思えない」といった声が多く寄せられています。理念を実践しづらい理由としては「自分の仕事とどうつながっているかわからない」「理念に沿った行動をしても評価されない」「具体的にどう行動すればよいかわからない」という回答が目立ちました(参照*2)。
人事評価においても注意が必要です。「最終的には数字を出した人が一番評価される」というメッセージを発してしまえば、社員はその基準に合わせて行動します。だからこそ、「この会社ではどんな判断や行動が良い仕事と評価されるのか」を明文化し、報酬や昇格といった具体的な仕組みに反映することが欠かせません(参照*10)。想いと制度の間にずれがあると、社員は想いではなく制度のほうを信じます。
おわりに
経営者の想いの伝え方を見直すうえで押さえるべきポイントは、「自らの言葉で繰り返す」「ストーリーで可視化する」「双方向の対話を設ける」「日常業務に接点を埋め込む」「評価・制度に落とし込む」の5つです。どれか1つで完結するものではなく、言葉と仕組みの両面から一貫して取り組むことが求められます。
想いは発信した瞬間に届くのではなく、受け取った社員が自分の言葉に置き換えられたときに初めて届いたと言えます。自社の伝え方がどの段階で止まっているのかを確認するところから始めてみてください。
お知らせ
経営者の想いと伝え方を磨くことで、関係者や顧客の共感を生み出し、事業の価値を社会に届くかたちで伝える橋渡しをします。インナー・コピーライティングで言語化し、広告や広報、ネーミングで社会との接点を設計します。
株式会社ユー&ミーは、経営者・起業家・担当者が持つ想いの言語化「インナー・コピーライティング」を通じて、社会との新しいつながりを生みだします。事業会社からベンチャー企業・スタートアップまで、BtoCからBtoBまで、幅広い企業やサービスのコミュニケーション開発に携わってきました。
コピーライティングを軸として、広告・広報・PR・ネーミング開発・書籍プロデュースなどの手段を組み合わせたコミュニケーション戦略の策定を得意としています。コピーライティングに関する業務に加えて、講演や研修、メディア取材の問い合わせも、お気軽にご連絡ください。
監修者
梅田悟司(うめださとし)
コピーライター/ワークワンダース株式会社 取締役CPO
武蔵野大学アントレプレナーシップ学部 客員教授
博士(学術)東京科学大学 環境・社会理工学院 博士後期課程修了
1979年生まれ。電通、ベンチャーキャピタルでのスタートアップ支援を経て現職。企業の根幹となるMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)策定、コーポレート・メッセージ構築の第一人者として、経営層の思考の言語化を得意とする。
ジョージア「世界は誰かの仕事でできている。」、タウンワーク「バイトするなら、タウンワーク。」のコピーライティングや、TBSテレビ「日曜劇場」のコミュニケーション統括などを担当。核融合スタートアップ「Helical Fusion」をはじめ、次世代スタートアップ企業のブランド戦略の立案に従事する。
武蔵野大学では、日本初となるアントレプレナーシップ学部の立ち上げにおいて、教員としても着任する傍ら、コピーライティングを中心としたコミュニケーション・ブランディングに携わっている。
CM総合研究所が選ぶコピーライターラインキング・トップ10に5年連続選出。カンヌ広告賞、レッドドット賞、ギャラクシー賞、グッドデザイン賞、観光庁長官表彰など国内外30以上の賞を受ける。
著書に、シリーズ累計35万部を超える『「言葉にできる」は武器になる。』『きみの人生に作戦名を。』(日本経済新聞出版社)などがある。4ヶ月半におよぶ育児休暇を取得し、その経験を踏まえた『やってもやっても終わらない名もなき家事に名前をつけたらその多さに驚いた。』(サンマーク出版)を執筆。100を超えるメディアで取り上げられ、大きな話題となる。
参照
- (*1) パーソル総合研究所 – 企業理念と人事制度の浸透に関する定量調査
- (*2) 日本能率協会総合研究所 マネジメント&マーケティング研究事業本部 – 自社の理念を意識して行動している社員は3割― 日々の仕事とのつながりがカギに ― ~理念浸透の実態に関する調査~
- (*3) 株式会社コンセント – ビジョン浸透はなぜ必要? 事例に見る成功の秘訣
- (*4) 株式会社トレンド・プロ – 理念浸透を加速させる「社内広報」戦略とは?情報発信の工夫を徹底解説
- (*5) https://rc.persol-group.co.jp/wp-content/uploads/thinktank/data/corporate-identity.pdf
- (*6) Gallup.com – State of the Global Workplace 2026
- (*7) 株式会社トレンド・プロ – 社員に響く企業理念の伝え方:企業理念浸透のために経営陣がやるべき5つのこと
- (*8) DX SQUARE – なぜ100年企業は、ここまでDXが進んでいるのか──田野井製作所の“自然体のデジタル変革”|DX SQUARE
- (*9) Yahoo!ニュース – 職人気質な社風のサイゼリヤで、元社長が取り組んだ「言語化」 その効果とは?
- (*10) 社内コミュニケーションは企業ブランドをどう形づくるのか
- (*11) Business Jungle | Business Jungleは、スタートアップの創業・事業成長に必要なあらゆる機能を提供するプラットフォームです – 大企業のミッション・ビジョン・バリューとは?事例50選・作り方・浸透方法まで解説