
はじめに
広告やデザインの世界には数多くの国際賞がありますが、その中でも「クラフト(つくりの質)」を厳しく問う賞のひとつがD&AD Awardsです。もしクリエイティブの質を高めたいと考えるなら、この賞がどのような基準で作品を評価し、何を重視しているのかを知ることは大きなヒントになります。
D&AD Awardsの特徴は、ノルマなしの絶対評価方式にあり、該当作がなければカテゴリーによっては授与なしもあり得る厳格さです。本記事では、Pencilの等級や審査カテゴリー、受賞作品の傾向までを順に整理していきます。
D&AD Awardsの定義と歴史

1962年ロンドン発の非営利団体
D&AD Awardsは、1962年にロンドンで創設された非営利団体D&ADが運営する国際的な広告・デザイン賞です。デザインと広告の卓越性を讃える最も影響力のある賞のひとつとして位置づけられています(参照*1)。
D&ADは、デザインと広告における卓越した仕事を称え、刺激し、それを可能にするために存在しています。具体的には、世界水準のアワード、マスタークラス、インスピレーションを与えるコンテンツ、新しい才能を育てるプログラムやイベントを通じてその使命を果たしています(参照*2)。
非営利団体が運営するという点は、D&AD Awardsの特徴を理解するうえで欠かせない前提です。営利目的ではなく、クリエイティブ産業全体の底上げを目指す姿勢が、賞の評価基準や運営方針に一貫して反映されています。
他の広告賞との位置づけの違い
D&AD Awardsは、地理を問わず「クリエイティブ・クラフトにおける世界的な卓越性」を評価する点で、他の広告賞と位置づけが異なります。国際広告賞にはカンヌライオンズやクリオ賞など複数の著名な賞が存在しますが、その中でD&AD Awardsの特徴として際立つのはこの姿勢です。D&ADのCEO Jo Jacksonは「D&ADは創造性という世界共通の言語を擁護し、地理を問わず業界の才能を高めるために存在する」と述べています(参照*3)。
実際に2024年のBlack Pencil受賞作はアジア、ヨーロッパ、北米の3大陸にまたがっており、特定の地域や大手代理店に偏らない選出が行われました。賞のトロフィーに鉛筆(Pencil)を用いている点も、「つくる行為」そのものを象徴する独自の文化を物語っています。Black・Yellow・Graphite・Woodの4本のPencilを賞の位とトロフィーに採用しています(参照*4)。
Pencilの種類と等級

Wood・Graphite・Yellow・Black
D&AD Awardsでは、受賞作品の質に応じて4段階のPencilが授与されます。Wood Pencilは広告・デザイン・クラフト・カルチャー・インパクトの各領域でその年の優れた作品に贈られるものです。Graphite Pencilは他より一段抜きん出た作品に対して、Yellow Pencilへの検討に値する仕事として授与されます(参照*5)。
Yellow Pencilは、D&AD Awardsを象徴する存在であり、真のクリエイティブ・エクセレンスを達成した卓越した作品だけに与えられます。最高位のBlack Pencilは画期的な仕事のみに贈られ、毎年数本しか授与されず、年によっては1本も出ないこともあります(参照*6)。
2024年の実績を見ると、Black Pencilは4本、Yellow Pencilは66本、Graphite Pencilは180本、Wood Pencilは391本でした(参照*3)。上位の等級ほど授与数が急激に絞られていることが分かります。
White・Future Impact Pencil
D&AD Awardsには4段階のPencilに加え、社会的なインパクトに焦点を当てた特別な等級が2種類あります。White Pencilは、創造性の力を活かして行動変容・環境・社会・政策の変化を推進する卓越した作品に与えられるもので、ImpactおよびSustained Impactカテゴリーにおいて、Yellow Pencilに代わる位置づけとなります(参照*6)。
Future Impact Pencilは、創造性を通じて行動変容や環境・社会・政策の変化を推進する可能性を示す初期段階のプロジェクトに授与されます。Future Impactカテゴリーの作品が対象です。2024年の授与数はWhite Pencilが4本、Future Impact Pencilが7本でした(参照*3)。
こうした等級の存在は、D&AD Awardsがクラフトの美しさだけでなく、クリエイティブが社会に与える変化まで評価の射程に含めていることを示しています。
主な審査カテゴリー

Advertising・Design・Craftの三本柱
D&AD Awardsの審査カテゴリーは、大きくAdvertising(広告)、Design(デザイン)、Craft(制作技術)の三つを柱としています。2026年のD&AD Awardsでは46のカテゴリーが設けられる予定です(参照*6)。
たとえばArt Directionカテゴリーでは、デジタル・映像・印刷・屋外広告・ゲーム・仮想空間といった多様な媒体にまたがるキャンペーンや制作物について、全体的なデザイン、視覚的な方向性、スタイルを包括的に評価します(参照*7)。
このように単一の媒体にとらわれず、表現の幅と技術の深さを横断的に審査する構造が、D&AD Awardsの特徴を支える骨格になっています。
Impact・Branding・新設カテゴリー
従来のAdvertising・Design・Craftに加え、D&AD Awardsは社会への影響力やブランドの変革力を評価するカテゴリーも充実させています。Impactカテゴリーでは、先述のWhite Pencilが授与される仕組みとなっており、創造性がもたらす社会的・環境的変化が審査対象です。
2026年には新しいカテゴリーも導入されます。Cultural Influenceは、文化的な足跡を残す商業クリエイティブを対象とし、会話を生み出したり、アイデンティティを形成したり、文化生活に溶け込む作品を評価します。Brand Transformationは、ブランドのアイデンティティと体験を変革し、測定可能な成果・価値創出・事業やカルチャーへの影響を実現する戦略を対象としています。さらにSports Entertainmentは、スポーツの世界における創造性を、キャンペーンやスポンサーシップからブランドコンテンツ、ファン体験まで幅広く対象にしています(参照*6)。
クラフト重視の評価基準

審査で問われる三つの問い
D&AD Awardsの審査員は、応募作品を評価する際に三つの核心的な問いを念頭に置いています。「素晴らしいアイデアか」「美しくつくられているか」「目的にかなっているか」の三つです(参照*8)。
Craftカテゴリーの審査でもこの方向性は一貫しており、「見事に実行されているか」「媒体の使い方がアイデアを高めているか」「そのアイデアはインスピレーションを与えるか」という具体的な視点が設定されています(参照*6)。
ここから読み取れるのは、単に美しいビジュアルや目を引く発想だけでは不十分だという基準です。アイデア・実行力・目的適合性の三要素がそろって初めて高い評価を得られる構造になっています。
ノルマなしの絶対評価方式
D&AD Awardsの評価方式で最も際立つ特徴は、ノルマ(授与数の割り当て)が存在しない絶対評価であることです。あるカテゴリーにおいて、審査員がYellow PencilやWood Pencilに値する作品がないと判断した場合、そのカテゴリーでは1本も授与されません(参照*8)。
つまり「応募作の中で相対的に一番よいもの」に賞を出す仕組みではなく、定められた水準を超えたものだけが受賞できる方式です。この厳格さが、D&AD Awardsの受賞歴にクリエイティブ業界で高い信頼が寄せられる根拠となっています。
エントリーする側にとっては、他の応募作との比較ではなく、D&ADが掲げる卓越性の基準そのものと向き合う必要があるということです。
受賞作品にみるトレンド

人間味と手触りへの回帰
D&AD Awardsの受賞作品には、年ごとに顕著な傾向が現れます。2025年のトレンドレポートでは、2024年の傾向「The Human Toolkit」を踏まえ、人間であることの本質を受け入れた作品が際立ったと報告されています。「不合理で、ばかばかしく、風変わりで、突飛で、常に感情的」な要素を取り込んだアイデアが高く評価されました(参照*2)。
同レポートでは6つの新興テーマが示されています。「Unmistakably Human」は、不合理さや手づくりの質感を積極的に活用する潮流を指しています。「Brand DNA」は、ブランドの伝統と現代性を結びつけて独自のブランディングを生み出す方向性です。「Radical Candour」は、正直さをブランド戦略に転化し、信頼を獲得するアプローチとして位置づけられています(参照*9)。
AIやデジタル技術が進展する環境の中で、むしろ人間ならではの感情や手触りにクリエイティブの価値を見いだす流れが、D&AD Awardsの審査結果に色濃く表れています。
社会課題とデータ活用の台頭
人間味への回帰と並行して、社会課題への取り組みやデータ活用を軸にした作品も存在感を増しています。2025年のトレンドレポートで挙げられた「Sea-Change Design」は、デザインが事業成長・変革・行動変容をもたらすことに焦点を当てた潮流です。審査員は優れたビジュアルやクラフトだけでなく、デザインが事業にもたらしたインパクトに注目し、顧客の課題を的確に理解し、ブランドとコミュニティの深いつながりを築いた作品を高く評価しました(参照*10)。
また「The Emotive Screen」は、ゲームが認識を変え、偏見に挑み、包摂性を高める効果的な媒体として成長していることを示すテーマです。「Full-Service Creator」は、クリエイターがブランドキャンペーン全体の設計者として台頭している潮流を捉えています(参照*9)。
こうした動向は、クリエイティブが見た目の美しさにとどまらず、測定可能な変化や社会的意義と結びついて評価される時代に入っていることを示しています。
注目の受賞作品事例

My Japan Railway(電通東京)
2024年のD&AD AwardsでBlack Pencilを獲得した作品のひとつが、電通東京によるJRグループ向けキャンペーン「My Japan Railway」です。Art Directionカテゴリーで最高賞に輝いたこの作品は、日本の鉄道と人々の間に人間的なつながりを取り戻すというアイデアに基づいています。Black Pencilに加え、Yellow Pencil 1本、Graphite Pencil 2本、Wood Pencil 2本を獲得し、合計6本のPencilを受賞しました(参照*3)。
Space Trash Signs
Space Trash SignsはImpactとData Visualisationの両カテゴリーでPencilを獲得した作品です。AIモデルを用いて数百万件の宇宙ごみデータを解析し、その形状・発生源・位置にもとづいて星座を見立てるという表現手法を採用しました。1億6,000万個を超える人工宇宙ごみが地球上の重要なインフラを脅かしている現実を、視覚的に伝えることを目指した作品です(参照*2)。
Lap of Legends(FCB New York)
Michelob Ultraのために制作されたLap of Legendsは、FCB New Yorkが手がけた作品で、多数のPencilを獲得しました。AI・AR・機械学習といった先端技術を駆使し、実在のF1レーサーとバーチャルレーサーが対戦する史上初のレースを実現しています。6人のレーシングアイコンのデジタル人格をAIで生成し、通算720を超えるレースの深層分析を行ったうえでレースを構築しました(参照*2)。
クリエイターへの実践的な学び

コピー・デザイン・映像に活かす視点
D&AD Awardsの受賞傾向から、コピーライティング・デザイン・映像制作に携わるクリエイターが実務に取り入れられる視点が浮かび上がります。2025年のトレンドレポートでは、デザイナー向けの指針として「感情的な反応を積極的に取り入れること」「普遍的なデザイン要素を用いること」「手づくりの質感を活かすこと」の3点が示されています。ブランド向けには「課題を正しく捉えること」「一貫性を保つこと」が挙げられています(参照*2)。
これらは、内から外へメッセージを発信する際の基本姿勢と重なります。経営者や担当者が抱える想いを言語化するプロセスでも、まず課題を正確に把握し、感情に根ざした表現を磨き、ぶれのない一貫性を保つことが求められます。D&AD Awardsが評価する作品は、表層的な技巧ではなく、伝えるべきメッセージの核を丁寧にかたちにしたものが多いと言えます。
エントリー時の注意点と戦略
D&AD Awardsへのエントリーを検討する際、審査の現場から得られる実践的な助言があります。審査経験者は、応募者がプロジェクトの認知度を過信し、説明不足のまま素材を提出してしまう傾向を指摘しています。審査基準を理解したうえで、十分な画像や説明映像を揃え、審査員がすぐに内容を把握できる構成にすることが求められます(参照*8)。
もうひとつの助言は、エントリーのタイミングです。作品がローンチされた直後はエントリーしたくなるものの、1年ほど待つことで、当初の構想が実際にどう成果につながったかを確認でき、より豊かなストーリーと裏付けを持って提出できるという考え方です(参照*8)。
ノルマなしの絶対評価であるD&AD Awardsだからこそ、応募資料の完成度と提出時期の見極めが結果を左右します。
おわりに
D&AD Awardsは、非営利団体が運営する絶対評価の仕組みと、アイデア・クラフト・目的適合性の三つの問いによって、クリエイティブの水準を示し続けています。Pencilの等級から審査カテゴリー、そして受賞作品の傾向に至るまで、一貫してつくりの質と社会への意義を両立させる姿勢がこの賞の核にあります。
コピー・デザイン・映像のいずれの領域であっても、D&AD Awardsの評価基準を知ることは、自分自身のクリエイティブを見つめ直す尺度になります。まずは受賞作品に触れ、「素晴らしいアイデアか」「美しくつくられているか」「目的にかなっているか」という三つの問いを、日々の制作に当てはめてみてください。
お知らせ
D&AD Awards 特徴を知ることで、表現の本質や伝わる言葉づくりが明確になり、貴社の想いをインナー・コピーライティングで社会へつなげる設計が可能です。ブランドの核を掘り下げたコミュニケーション戦略へと橋渡しします。
株式会社ユー&ミーは、経営者・起業家・担当者が持つ想いの言語化「インナー・コピーライティング」を通じて、社会との新しいつながりを生みだします。事業会社からベンチャー企業・スタートアップまで、BtoCからBtoBまで、幅広い企業やサービスのコミュニケーション開発に携わってきました。
コピーライティングを軸として、広告・広報・PR・ネーミング開発・書籍プロデュースなどの手段を組み合わせたコミュニケーション戦略の策定を得意としています。コピーライティングに関する業務に加えて、講演や研修、メディア取材の問い合わせも、お気軽にご連絡ください。
監修者
梅田悟司(うめださとし)
コピーライター/ワークワンダース株式会社 取締役CPO
武蔵野大学アントレプレナーシップ学部 客員教授
博士(学術)東京科学大学 環境・社会理工学院 博士後期課程修了
1979年生まれ。電通、ベンチャーキャピタルでのスタートアップ支援を経て現職。企業の根幹となるMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)策定、コーポレート・メッセージ構築の第一人者として、経営層の思考の言語化を得意とする。
ジョージア「世界は誰かの仕事でできている。」、タウンワーク「バイトするなら、タウンワーク。」のコピーライティングや、TBSテレビ「日曜劇場」のコミュニケーション統括などを担当。核融合スタートアップ「Helical Fusion」をはじめ、次世代スタートアップ企業のブランド戦略の立案に従事する。
武蔵野大学では、日本初となるアントレプレナーシップ学部の立ち上げにおいて、教員としても着任する傍ら、コピーライティングを中心としたコミュニケーション・ブランディングに携わっている。
CM総合研究所が選ぶコピーライターラインキング・トップ10に5年連続選出。カンヌ広告賞、レッドドット賞、ギャラクシー賞、グッドデザイン賞、観光庁長官表彰など国内外30以上の賞を受ける。
著書に、シリーズ累計35万部を超える『「言葉にできる」は武器になる。』『きみの人生に作戦名を。』(日本経済新聞出版社)などがある。4ヶ月半におよぶ育児休暇を取得し、その経験を踏まえた『やってもやっても終わらない名もなき家事に名前をつけたらその多さに驚いた。』(サンマーク出版)を執筆。100を超えるメディアで取り上げられ、大きな話題となる。
参照
- (*1) 博報堂 HAKUHODO Inc. – 博報堂グループ、「D&AD Awards 2025」において銀賞相当のGraphite Pencilを含む3つの賞を受賞|ニュースリリース|博報堂 HAKUHODO Inc.
- (*2) https://media.dandad.org/documents/d-ad-2025-trend-report-250929.pdf
- (*3) Branding in Asia – Black Pencil Winners
- (*4) 電通ウェブサイト – 電通、「D&AD Awards 2024」において最高賞のBlack Pencil(ブラックペンシル)を受賞
- (*5) IDIDTHAT.co – South Africa’s D&AD Work & Winners 2024
- (*6) https://media.dandad.org/documents/Entry_Kit_2026_ENG.pdf
- (*7) Dentsu Group Inc. – Yoshihiro Yagi Selected as Jury President for the Art Direction Category at the D&AD Awards
- (*8) Grafis Masa Kini – A Glimpse into the D&AD Awards Judging Process
- (*9) D&AD chooses a new president & releases its Annual & Trend Report
- (*10) The Drum – 6 creative industry trends that are making waves